茂兵衛はゲリラ戦の隊長を務めるー「砦番仁義 三河雑兵心得5」

三河の国の、まだ小国の領主であった松平(徳川)家康の家臣団の最下層の足軽として「侍人生」をスタートさせた、農民出身の雑兵「茂兵衛」。吹けば飛ぶような足軽を皮切りに、侍としての出世街道を、槍一本で「ちまちま」と登っていく、戦国足軽出世物語の第五弾が本書『井原忠政「砦番仁義 三河雑兵心得」(双葉文庫)』です。

長篠の戦の鳶ケ巣砦の奇襲に参加し、武田勝頼を織田・徳川連合軍が決戦の場と定めた「設楽原」へとおびき寄せることに助力した茂兵衛なのですが、今巻では高天神城を攻略するためのゲリラ戦の現地部隊を指揮することになります。しかし、彼が実戦に没頭しているうちに、徳川家には家中を二つに割る騒動が発生していきます。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章 徳川軍議
第一章 反攻、北遠江
第二章 信康という男
第三章 東遠州の山賊
第四章 足軽大将植田茂兵衛
終章 切腹

となっていて、冒頭では、茂兵衛の主人兼義弟である松平善四郎が、一門の松平真乗の暴言に憤慨しているところから始まります。まだ徳川家が小さな勢力しかなかったときはなかったことなのでしょうが、三河を統一し、今川から遠江の一部を分捕り、武田の圧力を跳ね返して上昇気流に乗りつつある徳川家の中に、手柄争いを発端としたお家騒動の種が芽生えつつあるようです。

戦のほうは、徳川勢は、武田に奪われたままになっている「二股城」の奪還にとりかかっているのですが、堅守で知られる城のため、なかなか思うようにいっていません。以前、武田に城を奪われたときは、水汲櫓を破壊されて渇き攻めにあい降伏したのですが、その後武田勢は深井戸でも掘ったのかそのあたりの弱点を克服しているようです。

そして、家康は機嫌が悪くなっているのは、この攻城戦が長引いているのもあるのですが、家中の浜松派と岡崎派との対立が深化していることにもあります。これが原因で、善四郎は、茂兵衛の出世を条件に岡崎派の松平真乗の妹を娶り、家康の息子・信康に接近させられます。まあ、ていのいい「隠密役」に仕立てられたわけですね。

で、茂兵衛のほうは、高天神城攻めが難航する中、城へ食料などを運びこむ「荷駄隊」を襲撃して、高天神城を干上がらせるというゲリラ戦の指揮を、家康直々に命じられます。まあ、仕事的には「山賊」まがいの仕事なので、先祖伝来、松平家につかえてきたプライドの高い直参たちには任せられない仕事なので、農民あがりで中途採用の「茂兵衛」に指名がかかった、という具合なのですが、これが結構、はまり役になっています。茂兵衛の活躍は原書のほうでご確認を。

そして、山中で武田の軍勢の牽制をすることが主となる、このお役目の一番の役得は、徳川家中の家康と信康のお家騒動から、距離をおいておけるということでしょう。最後のほうで、このお家騒動に巻き込まれて、少し苦い思いはするのですが、直接のダメージは受けていません。一応、サラリーマンの宮仕え生活をおくったことのある当方から見ると、ここらが、茂兵衛が千石取りを目指す出世レースには大事なことのように思えてきます。

ネタバレをもう一つしておくと、茂兵衛の憧れの女性であった「綾女」が徳川方の「隠密」として活動を始めています。前巻で、武田勢の足軽たちに乱暴されているところを茂兵衛に目撃されて、行方をくらましていて、男出入りが激しくなっている噂がたっていたのですが、この噂も「隠密」働きのためかもしれないですね。できうれば茂兵衛の「純愛」がこれ以上傷つかないのを祈るばかりなのですが・・・。

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レビュアーの一言>信康切腹事件の真相は?

今巻では、家康は嫡男の「信康」を切腹させています。この「嫡男・信康切腹事件」は、通説では、織田信長が、信康と築山殿の武田方との内通を疑った、とか、徳川家の勢力を削いでおこうとしたためだ、とか言われているのですが、本書では、むしろ、切腹させた主犯は「家康」側にあるような描かれ方をしています。

たしかに、戦国時代の末期、父親を放逐し、嫡男を切腹させた武田信玄とか、息子に討ち取られた斎藤道三や弟を成敗した織田信長や伊達政宗など、親子・兄弟で相争う事例は多発しています。

信康について、小山城からの退却で殿軍を務める姿に

(立派な大将ぶりだら。兵の心をよう掴んどるがね。己が死を恐れる様子もまったく見えん。)
茂兵衛は、しばし信康の勇姿に見とれた。

と茂兵衛は信康の「才能」に感じいっているわけですが、こうしたところも悪影響してしまったかもしれませんね。

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