井原忠政「小牧長久手仁義 三河雑兵心得」=家康は秀吉の攻勢に耐えるが、家中の意見は二分対立

三河の国の、まだ小国の領主であった松平(徳川)家康の家臣団の最下層の足軽として「侍人生」をスタートさせた農民出身の「茂兵衛」。吹けば飛ぶような足軽を皮切りに、侍としての出世街道を、槍一本で「ちまちま」と登っていく、戦国足軽出世物語の第八弾が本書『井原忠政「小牧長久手仁義 三河雑兵心得」(双葉文庫)』です。

前巻で本能寺の変の難を逃れて命からがら家康たちとともに三河へ帰還したのもつかの間、織田家の混乱に乗じて、旧武田領の争奪戦に後北条家の負けじと加わった家康の命をうけて信州へ派遣された茂兵衛たちだったのですが、今巻ではこの地で勢力を張る真田昌幸と出会うとともに、家康は秀吉に反旗を翻した「小牧長久手」の戦に至るまでの主戦派と和平派の争いに巻き込まれていきます。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章 茂兵衛の憂鬱
第一章 泥濘街道
第二章 表裏比興之者
第三章 蟻地獄
第四章 小牧長久手の戦い
終章 梯子を外された家康

となっていて、織田勢で旧武田領を治めていた河尻秀隆が一揆によって斃された後、後北条氏を天正壬午の乱で退け、甲斐の国を手に入れた家康によって、東信州の惣奉行となった大久保忠世の加勢のため、茂兵衛たちが派遣されるところから始まります。
茂兵衛は百人の足軽を率いる鉄砲隊の足軽大将になっているのですが、その分、気苦労も多く、今回は、伊賀越えの時に一緒に戦った、徳川の直臣で本多平八郎の寄騎をしている花井庄右衛門を押し付けられて、かなり困っています。徳川家中での存在感が増すにつれ、浮世の義理も増してくるようですね。さらに、旧主である本多平八郎や松平善四郎の「頑固さ」が増しているのも悩みのタネのようです。

で、信州に入った茂兵衛はここで、「表裏比興之者」=調子はいいが、信用がおけない、すぐ裏切る奴、と評される「真田昌幸」と出会います。後になって、真田昌幸は家康に反旗を翻すのですが、この時は、北条方から寝返り、徳川方についているのですが、その本音は、徳川の負担で上田城の防備を万全にしようというところですね。
そして、その策士なところは、茂兵衛が彼と面会したところでも現れていて、茂兵衛の武辺ぶりを褒め、年頃の娘がいれば嫁にもらいたい、などと甘言で茂兵衛をいい気分になせるのですが、これから先の家康の方向性について

かつて三備(さんぞなえ)を設けることで徳川は伸びた。今はその着物が古くなり、身の丈にあわぬようになっておる、ならば五カ国の太守に相応しい着物に着替えねばならぬ

と家康と徳川宗家に権力を集中させる「軍制の改革」が必要となっていることを見抜いています。関ヶ原の戦でも徳川方を悩ませた真田の謀みの深さを思わせるところですね。

そして、物語のほうは、小牧長久手の戦へと移っていきます。

柴田勝家を賤ヶ岳の戦で破り、織田家中随一の実力者となった秀吉は、安土城にいる織田信雄を退去させ、両者の間の対立が深まっていきます。徳川の家中では、織田家から天下の支配権を強奪しようという秀吉に対して主戦派と和平派が対立していて、舵取りを間違えると徳川家自体が二分されてしまうような情勢になっています。
とりわけ威勢のいいのは、家康が今川の人質を脱し独立を果たしてからずっと支えてきた、頑固者で無骨者の本多平八郎や松平善四郎、大久保忠隣などに代表される三河武士たちで、家康は彼らの勢いと、織田信雄の三家老誅殺という暴発行為によって秀吉との戦いに引きずり込まれていきます。

茂兵衛は消極的和平派であるため、主戦派の抑えとして、浜松城の軍議や、清須への家康出兵に付き従うこととなるのですが、目立つことを嫌う性格のせいか、家康や大久保忠佐の期待したような動きはできないまま、戦場へと駆り出されていきます。

小牧長久手の戦がどう展開していったか、は原書のほうでお楽しみください。

ただ、この戦の戦後処理でもいろいろと徳川家には課題が残りそうですね・・・

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レビュアーの一言

この小牧長久手の戦いは天正12年に戦争が勃発しているのですが、実はその前年の天正11年には、家康の領内は5月から7月にかけて「50年来」と言われる大雨に見舞われていたり、地震も相次いでいたようで、秀吉政権との戦争を継続する余裕はほとんどなかったようですね。
さらに、この小牧の戦の後、秀吉は家康を攻め滅ぼす気持ちを失っていませんし、紀州の雑賀・根来、富山の佐々成政、四国の長曾我部元親らと織田信雄・徳川家康がつくった日秀吉包囲網を着実に崩していっています。本書の巻末では、なんとなく一難去った感が漂っているのですが、情勢はそんなに甘くないようですね。

ちなみに、秀吉側からみた「小牧・長久手の戦」については、当ブログの『「小牧長久手の戦」開戦。天下の帰趨は・・ ー 宮下英樹「センゴク一統記 14」』で取り上げていますので、そちらもどうぞ。

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