井原忠政「鉄砲大将仁義」=武田の裏切者・穴山梅雪の寄騎になった茂兵衛の功績は?

三河の国の、まだ小国の領主であった松平(徳川)家康の家臣団の最下層の足軽として「侍人生」をスタートさせた農民出身の「茂兵衛」。吹けば飛ぶような足軽を皮切りに、侍としての出世街道を、槍一本で「ちまちま」と登っていく、戦国足軽出世物語の第六弾が本書『井原忠政「鉄砲大将仁義 三河雑兵心得」(双葉文庫)』です。

徳川の御一門の出戻りの娘を嫁にもらい、本多平八郎の引き立ても受けながら、城番まで出世した茂兵衛は、ようやく徳川本家の根拠地・浜松に呼び戻され単身赴任生活を終了させることができたのですが、高天神城奪還戦に始まる戦国最後の大動乱が本巻では待っています。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章  茂兵衛のけじめ
第一章 奪還!高天神城
第二章 甲斐下山、穴山氏館
第三章 武田滅亡
第四章 本能寺
終章  命をあずける

となっていて、このシリーズの主人公・植田茂兵衛が4年間の高根城での番城勤めを終えて、浜松へ帰り、50挺の鉄砲足軽のほか槍足軽40人、小頭9人、寄騎3騎の100人余を指揮する足軽大将に出世するところから始まります。槍一本の足軽からスタートした茂兵衛にすれば大出世ままのですが、以前に本多平八郎と約束した、10年間で千石取りになっていなければ横山左馬之助に首を差し出すという約束はまだ果たしていないので、まだまだ気を緩めるわけにはいかない状況です。

この手柄が欲しい茂兵衛の気持ちを煽るように、徳川勢は、遠江にある武田側の重要拠点である「高天神城」の再奪還にとりかかります。このシリーズによると、長篠の戦い以後、武田勢は勢いを失っていて、遠江の徳川領への侵攻は少なくなっているようですが、これは武田が衰えたというよりも、上杉のお家騒動への介入や、北条方への侵攻のために兵力を割いていたせいではないか、と管理人は推測しているところです。
そのあおりを食ったのが「高天神城」で、北条との同盟関係の破綻で、駿河湾経由でのこの城への食料供給が、北条水軍の妨害で困難になり、徳川勢からの「兵糧攻め」を受け、窮地に陥ります。
茂兵衛たちの部隊も、この高天神城攻めに参加していて、城内への鉄砲攻撃などかなりの活躍をするのですが、これが高天神城兵の「恨み」をかって、かれらの最後の捨て身の攻撃のターゲットにされることとなります。この攻撃には高天神城を守る城将・岡部元信も加わっていて、茂兵衛や部下の大久保彦左衛門と大バトルを繰り広げることになるのですが、彦左が本多主水に大将首をとられたエピソードをもつ落城の様子は原書のほうでどうぞ。

そして、茂兵衛のほうは一年後、織田の武田征伐への援軍の一環として、武田を裏切って織田側について「穴山梅雪」の寄騎として、武田の人質になっている彼の妻子の奪還や、織田の武田攻めの際に穴山勢と一緒に武田領へ攻め込んだり、と徳川本隊とは少し距離をおいたポジションでの戦さが始まります。
足軽大将の身分とはいえ、二万五千石の領主の軍役に相当する50挺の鉄砲を持つ茂兵衛の部隊なので、徳川としても相当張り込んだ措置なのですが、底にはもし穴山梅雪が再度裏切れば、茂兵衛によって近くから討ち取らせようという企みが仕込まれています。そろそろ、後世、評判の悪い「狸親父・家康」の出現のようです。
ただ、その後、梅雪を助けて武功もあげたため、信長の嫡男で次世代のリーダー確定の「織田信忠」に茂兵衛が気に入られて重く用いられ始めると、途端の嫉妬の炎が立ち上がるのですから、信長とは違った意味で、結構、面倒な「主君」ではありますね。
この信忠に気に入られたおかげで、家康が「本能寺の変」で、信長や信忠とともに討たれてしまうことなく、命を拾うことにつながっていくのですが、本巻ではさわりのところまでで次巻以降につながっていきます。

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レビュアーの一言

このシリーズでは、主君の徳川家康を同盟者でありながら、格下の家来のように使い倒したり、家康の奥方の築山の方と長男・信康を自害させたりして、三河衆からとても評判の悪い
「織田信長」なのですが、物語の前半の高天神城攻めでも

家康が信長から「決して、高天神城の降伏を許すなと厳命されているのは事実であった。「高天神城」を見殺しにしたと、勝頼の権威を失墜させることを信長は強く望んでいる。すでに死に体の高天神城ではあるが、天下に勝頼の恥を晒し続けるという一点で、信長は価値を認めていた。

と武田勝頼の声望を落とすためにあくどい手をつかっています。最近、革命的な君主として評判の良い「信長」なのですが、「冷酷」な部分の桁外れで、仕えやすい主君ではないことは間違いなさそうです。

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