井原忠政「伊賀越仁義 三河雑兵心得」=本能寺の後、旧武田領を狙って東国は大戦乱

三河の国の、まだ小国の領主であった松平(徳川)家康の家臣団の最下層の足軽として「侍人生」をスタートさせた農民出身の「茂兵衛」。吹けば飛ぶような足軽を皮切りに、侍としての出世街道を、槍一本で「ちまちま」と登っていく、戦国足軽出世物語の第七弾が本書『井原忠政「伊賀越仁義仁義 三河雑兵心得」(双葉文庫)』です。

武田家の裏切者といわれる穴山梅雪の寄騎となって、武田勝頼を攻め滅ぼす織田軍に従っているうちに、織田家の嫡男・織田信忠に気に入られ、織田家への鞍替えの誘いもかかっていた茂兵衛だったのですが、ここで、明智光秀が織田信長を襲撃した本能寺の変に遭遇し、命からがら信忠軍を脱出して、家康へ乱の勃発を報告。今巻では、家康が命からがら領国へ帰還する伊賀越えの様子と本能寺の後に権力の空白地帯が生じた混乱状態の武田領へ向かう徳川勢の侵出にあわせた茂兵衛の戦働きが描かれます。

あらすじと注目ポイント〉本能寺の後、旧武田領を狙って東国は大戦乱

構成は

序章  もう一つの道
第一章 梅雪の不覚
第二章 茂兵衛伊賀越え
第三章 火事場泥棒
終章  新たな暗雲

となっていて、まずは信忠軍を脱出し、今の枚方あたりで、旧主の本多平八郎に偶然出会うところから始まります。平八郎は、堺から京へ向かう家康の警護のため先乗りしていたところに出会ったもので、本能寺の変の勃発を家康がいち早く知り、都からの陀出を計画できたのは、この茂兵衛の知らせがあったから、という筋立てになっています。

今でこそ、光秀は豊臣秀吉に討たれて、クーデターは失敗することがわかっているのですが、当時は先のことは皆目わからない状態。家康は都からの脱出とあわせて光秀側に寝返ることも本気で検討をしています。本能寺の変の黒幕については、朝廷や将軍・義昭説のほかに、家康が光秀と内応していたという話もあるのですが、本書ではこの説はとらず、家康は大慌てで、身の安全を図るために様々な策を側近たちと考えています。
そして、決断したのが、光秀には降らず、伊賀越えで領国の三河に帰還することだったのですが、その前に、都へのぼって信長の敵討ちをする、と大見えをきった芝居を始めるあたりは、信長没後の政治情勢を予測してのことで、ここらは政治家・家康の一面がよく見えてますね。

ただ、この伊賀越え自体も、一年前に信長が伊賀に攻め込んでいて、ここで「根切り」と言われる信長の残虐な面が出現した「殲滅戦」を展開しているので、けして安全な脱出行とはいえません。さらに、劣勢で小人数しか供を連れていない家康勢いは「落ち武者狩り」の格好の獲物です。茂兵衛は、脱出の途中で家康を裏切って光秀側に走ろうとした穴山梅雪の家臣を助けて、穴山武田家存続の途を確保したり、本多平八郎と一緒に、光秀勢の目を家康から逸らすための陽動作戦を展開するなど、地味ながら「いい働き」をしています。

ついでにいうと、今巻で父の仇として茂兵衛の命を狙い続けてきてきた横山左馬之助と伊賀越えの最中に和解し、いままでのわだかまっていたものが少し溶けた感じのする筋立てです。

物語の後半部分は、本能寺の変を逃れて領国へ帰還した後の徳川勢が、武田領へと侵出していく様子が描かれます。武田勝頼敗死後は、甲斐を河尻秀隆、信濃を森長可、滝川一益、毛利長秀ら織田家中の武将が治めていたのですが、信長・信忠の死亡により、再び権力が流動化したのですが、ここに徳川家康が侵出を図っていきます。

ここで仕掛けたのが、河尻秀隆の足下で百姓一揆を起こさせたり、武田の旧臣を登用して不安をかき立てた上で、家臣の本多百助を押しかけ軍師として送り込み、河尻によって百助を謀殺させたり、と結構、陰湿な方法で領土を拡大していきます。さらに本書では、百助を斬ったのは河尻ではなく、家康の隠密・服部半蔵の犯行とされていて、とうとう「黒・家康」が発動し始めた雰囲気ですね。

ただ、茂兵衛は、穴山勢とともに北条方についている中牧城攻めに参戦していて、こうした陰謀にまみれた「裏の戦闘」とは無縁であるのはホッとするところです。彼にはこれからも謀略と関係のない、生一本の「武辺もの」でいてほしいところです。

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レビュアーの一言〉武田穴山家の不幸は続く

武田宗家への裏切りで古来から評判のよくない穴山梅雪は、家康の伊賀越えの途中で、落ち武者狩りにあって死亡します(「レイリ」では忍びに戻った彼女に暗殺されたともされているのですが)。
今巻で、茂兵衛は仲良くなった、穴山家の家老・有泉を助け、さらには家康に口利きまでして、穴山衆を守るのですが、梅雪の跡を継いだ勝千代は5年後に病死して直系は絶え、武田家ゆかりの者に継がせるも、15年後に再び継嗣が絶えて断絶し、結局、穴山衆は解体されて徳川家に仕えることになってしまいます。
家康は茂兵衛に対し

「あまり穴山に肩入れするな。所詮は長年仕えた主家を見限った家ぞ」

と本心を吐露しているのですが、どうやらそのとおりに史実は進んでいったようですね。

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