国内外の有名ブランドと、腕はいいのだが、時代の流れの中に取り残されてしまっている職人や町工場とをマッチングさせる服飾デザイナーにして、服飾全般と解剖学に詳しい桐ケ谷京介が、ヴィンテージショップの経営者で、100万人超えのフォロアーを誇るゲーム実況の動画配信者・水森小春とともに、杉並警察署の南雲警部と八木橋巡査から持ち込まれる、犯行から十数年経過している迷宮入り事件の謎を解き明かしていく、服飾ミステリーの第2弾が本書『川瀬七緒「クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ケ谷京介」(講談社)』です。
前巻で、十年前に、取り壊しが決定し、住人もいなくなっている公営住宅の一室で、時代遅れの柄のワンピースを着て死んでいた少女の殺人事件の謎を解いた京介と小春が、被害者の服や布地をたがかりに警察の気づかなかった謎解きの鍵を見つけ出していく二人の「特殊技術」に目をつけた南雲警部の企みで迷宮入り事件の謎解きに駆り出されていきます。
あらすじと注目ポイント
収録は
「ゆりかごの行方」
「緑色の誘惑」
「ルーティンの痕跡」
「攻撃のSOS」
「キラー・ファブリック」
「美しさの定義」
の六篇。前作と異なり今回は短編集です。
第一話の「ゆりかごの行方」では、新型コロナウィルス・パンデミックの影響で、デンマークのクライアントとテレビ会議で商談をしている京介の姿から始まります。女性は自宅でテレワークをしていて、会議中、赤ん坊の娘が大泣きを始めて会議が中断してしまうのですが、モニター越しに赤ん坊の様子とベビー服のしわをみて、その原因を解き明かします。ひさびさに仕立屋探偵の「推理の冴え」を見せてくれています。
本編のほうは、前巻で登場した杉並署の南雲警部が、まだ若い頃、保護した捨て子の赤ん坊の母親探しを依頼されます。すでに12年が経過していて、手がかりとなるのは、その当時赤ん坊が着ていたTシャツを縫い直したベビー服の代用品しかないのですが、この縫製の状況から京介がその母親の革縫製の内職や住んでいた地域を割り出していって、という展開です。
この推理もすごいのですが、もっと驚くのは、母親の所在を調べてほしいと南雲警部に依頼した捨て子だった少年の「憎悪」を少年の突き指が治らないところから明らかにあるあたりですね、
第二話の「緑色の誘惑」は十五年前におきた一人暮らしの老女殺害事件の謎解きです。その老女は、いくつもの習い事やサークルに参加している活発な人だったのですが、それよりう特徴的だったのは帽子から上着、シャツ、スカート、靴にいたるまで、全て「緑」で統一していたことです。ブライダルサロンに長く勤めていたころはシックな装いだったようですが、退職してからファッションが憑かれたように「緑一色」に変わってきたようです。
南雲から事件の推理を依頼された京介は、現場の防犯カメラに残っていた犯人らしき人物が、警察の推理と違って男性であることを、逃走時の腕の肘の角度で明らかにしたり、警察の現場検証と捜査の洩れを次々と見つけていきます。そして、彼が事件解決の鍵として見つけたのが、被害者の残した鴬色に染め直された友禅の小紋の着物で、という展開です。
第三話の「ルーティンの痕跡」は、自宅マンションのベランダに干していた下着を盗まれ、一度も洗濯していない使用済みの男性用トラんクスと交換されていた水森小春が京介の力を借りながら犯人を割り出していく話です、自分の下着が、下着泥棒に履かれているだろうと教えられて、怒り狂う小春の凶暴さが新鮮です。
このほか、通学途上の中学生の動きから家庭内虐待を見抜いた京介が、その中学生に通報され、ストーカーの疑いをかけられながらも、その女の子を両親の虐待から救い出していく「攻撃のSOS」、十六年前におきたテディベア作家の主婦のアレルギー死事件が事故でばなく遺棄による死亡事件であることを見抜いていく「キラー・ファブリック」、十年前におきた服飾専門学校の女子生徒が自宅アパートで刺殺しされた事件の陰にある、親に反対されながらも自力で夢をつかもうとした若い女性の野望を見つけていく「美しさの定義」などが収録されています。
レビュアーの一言
このシリーズの特徴は、服飾デザイナーとしての顔ももつ筆者の服飾の専門知識が随所に散りばめられ、それが謎解きのキーになっているとともに、おもわぬ雑学的な服飾知識が得られるところでしょうか。
シャツの縫製痕から使用されていたミシンがわかったり、米軍からの拠出品にまつわる話や、服飾専門学校の意外なハードさとか、雑談の小ネタとして仕入れておきたい話もあちこちで出てきますので、お見逃しなく。
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