華族の令嬢は、サーカス出身の少女と財宝探しにでかける=夕木春央「サーカスから来た執達吏」

関東大震災から2年後の東京を舞台に、震災によって多額の借金をつくって破産寸前の華族の家の箱入り娘「鞠子」と、借金をとりたてにやってきた「ユリ子」という少女の二人が、実家の借金を返済するため、明治に終わりごろにある金持ちの華族の家から失われた財宝の在処を求めて、謎解きをしていく時代ミステリーが本書『夕木春央「サーカスから来た執達吏」(講談社)』です。

本書の紹介文によると

「あたし、まえはサーカスにいたの」
大正14年、莫大な借金をつくった樺谷子爵家に、春海商事からの使いとしてサーカス出身の少女・ユリ子が取り立てにやってきた。
返済のできない樺谷家は三女の鞠子を担保に差し出す。ユリ子と鞠子は、莫大な借金返済のため「財宝探し」をすることにした。

となっていて、境遇も性格もまるで違う少女二人が共同して、東京都下から秩父山中まで駆け巡って財宝探しをしていく大正時代風味満載のノスタルジックな冒険活劇となっています。

あらすじと注目ポイント

構成は

発端 絹川家の財宝とそれを狙う人々
1 債鬼到来
2 十四年前の密室
3 鉄格子の奥
4 中庭
5 暗号
6 屋上の曲芸師
終章 サーカスの去る時

となっていて、冒頭のところでは、今巻の「財宝探し」の発端となる事件から始まります。それは、名家で百万円を超える美術品を所蔵していることで有名な「絹川子爵家」の青梅街道から外れ、埼玉県境に近いあたりにある別荘へ、絹川家の縁戚にあたる郷原伯爵家の妾腹の長男・瑛広という青年が財宝を盗みに侵入するところから始まります。

屋敷を護る番人を殺害した瑛広たちは、美術品を収蔵した部屋の扉の鍵をこじ開けようとするのですが、途中で工具が壊れてしまい、代わりの工具をとりに町に一旦戻るのですが、この館を離れていた2時間ぐらいの間に、部屋にあった財宝がすっかりなくなっている、という怪現象に遭遇します。館に続く一本道には瑛広たちの車のつけた轍しか残っていらず、館の中には殺された番人と瑛広たちしかいないはずです。誰がどうやって、財宝を持ち去ったのか、というのが、この巻を通じての謎解きとなります。

この後、盗みに入られた絹川子爵は、財宝は誰にも見つからないところに隠し、隠し場所は暗号にした。暗号は絹川子爵家以外の者には解けない謎だ、と吹聴していたのですが、大正十二年におきた関東大震災で、衣川子爵家や縁戚の郷原伯爵家の一族が災害死してしまいます。瓦解した絹川家の邸宅を調べた、財宝を狙う長谷部子爵家の長男と簑島伯爵家の執事によって「とじらちわなゑなへ・・・」という数十文字の暗号は見つかったのですが、やはり誰にも解けず、現在に至っている、という設定です。

ここで、物語は、大正14年の樺谷子爵家に移ります。この家は震災前までは不動産の貸付で裕福だったのですが、震災で失われ、その損を取り戻そうとして山師たちにひっかかり、莫大な借金を抱えて破産寸前となっています。

借金をしている中に晴海商事という会社があるのですが、そこが派遣した借金取りが、「ユリ子」というサーカスから逃げてきて春海商事の社長に厄介になっている少女。彼女は

「こんにちわ!おかね返してもらいに来ました」と明るくやってきて、借金のかたに樺谷家の三女「鞠子」を担保として預りたい、と言い出します。そして、ユリ子と一緒に鞠子が「絹川子爵の財宝」探しをして、見つけることができたら、借金はすべてちゃらんにする、という条件を出してくるのですが・・という展開です。

他に借金を返す手段もなく、怖いもの見たさもあって、鞠子はユリ子についていき、財宝探しを始めるのですが、同じく財宝を狙っている「簑島伯爵」家の別荘に監禁されたり、脱出先の有名な新劇女優・浅間光枝の手配で、財宝のありかを示す暗号文をもっている長谷部子爵の家のパーティーにユリ子とともに潜入したり、ととても「深窓の令嬢」とは思えぬ「大活躍」をしていきます。

そして、財宝がなくなった現場の絹川子爵の別荘で、暗号を解くヒントを掴んだ鞠子とユリ子は、財宝の手がかりが、鞠子が監禁されていた別荘に、同じように監禁されていた青年が握っていると考え、その青年を逃がそうと別荘の屋根へ登り、大活劇を始めるのですが・・という展開です。

最終番で、ユリ子がこの財宝行方不明事件のからくりを解き明かすのですが、少しネタバレしておくと、この物語に登場する「華族」すべてに共通する「家計逼迫」がすべての原因となっています。

サーカスから来た執達吏
●著者紹介 2019年、『絞首商會』で第60回メフィスト賞を受賞。 ●主な内容 密室から忽...

レビュアーの一言

大正時代は、幕末から明治にかけて政界をリードしてきた江戸時代生まれの元勲たちが引退して、高等教育機関をでた次世代が登場し、大正デモクラシーと呼ばれた運動を展開したり、大正モダンと呼ばれる都市文化を花開かせた一方で、関東大震災などの大きな災害や第一次世界大戦も起きた、華やかで享楽的である一方で、騒然とした時代でありました。

本巻は、その時代風俗が随所随所に感じられて、謎解きと同時に、どこかレトロな読み味を残してくれるミステリーとなってますので、「大正浪漫」好きにもおススメです。

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