劇場をめぐる五つの物語は、パワハラのリベンジ劇を誘導する=芦沢央「バックステージ」

「バックステージ」というのは、演劇や映画などの「舞台裏」のことで、本書は東京の中野大劇場ホールという架空の劇場で、有名演出家が手がける芝居の周辺で起きた五つの出来事と、パワハラ上司の背任の証拠をつかもうとするPR会社の社員の動きが結びついて繰り広げられるミステリーが本書『芦沢央「バックステージ」(KADOKAWA)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序幕
第一幕 息子の親友
第二幕 始まるまで、あと五分
幕間
第三幕 舞台裏の覚悟
第四幕 千賀雅子にはかなわない
終幕
カーテンコール

となっていて、中野大劇場ホールで上演される演劇の周辺でおきる七つの事件と、演劇のPRの端っこを担当している会社の上司のパワハラ糾弾の動きとがセットになって展開していきます。

まず、序幕のところでは、パワハラ糾弾の話のほう。中堅どころのPR会社で、「澤口」という次長クラスの男性が、始めてもった部下の「玉ノ井愛美」という女子社員にパワハラを繰り返して、とうとう職場で泣かせてしまうところから始まります。ここでは「澤口」という上司が、自分の失敗を部下の玉ノ井におっかぶせたり、精神的なプレッシャーをかけ続けるところが描写されていて、「澤口」に対する読者の嫌悪感を煽っていますね。

そして、この物語の主人公となるのが、隣のセクションにいて松尾という男子社員で、彼はこのパワハラ騒動から一歩引いたところにいようとしているのですが、玉ノ井が泣いた夜、スマホを忘れて社内に帰ってみると、澤口にパワハラのお仕置きをするために、彼が取引先からバックマージンをとっている証拠を探している先輩女性社員の「康子さん」に遭遇して・・という設定です。

そして、康子さんの「パワハラ・リベンジ」の協力者にされてしまい。バックマージンの証拠をつかむため、澤口の子供を騙して、彼の通帳のコピーを手に入れることに成功するのですが、それを入れたカバンが、トイレで一緒になった女子高生のものと摺り替わってしまい・・という展開です。摺り替わったカバンを取り戻すため、その女子高生が向かった、アイドルが共演している演劇が上演されている「中野大劇場ホール」へと向かい、劇場内へ潜り込もうと悪戦苦闘するのですが・・と物語の本編がスタートしていきます。

第一幕「息子の親友」では、息子の嘘に悩むシングルマザーの話です。彼女は離婚して二月が経過したばかりなのですが、長男の浩毅が、クラスの人気者と親友だという嘘をついてきたことに悩んでいます。その嘘がわかった参観日の日、長男は学校が終わってもなかなか帰宅せず、遅くなってから帰宅してくるのですが、そこには、彼が嘘をついた理由が隠されていて・・という展開です。ひょっとすると「イジメ」と思わせておいて、ハートウォーミングな兄弟愛が描かれています。

第二話の「始まるまで、あと五分」は、来場者から高額でチケットを買おうとする美人にまとわりつかれている男子学生・奥田が主人公です。

実は、彼はペアのチケットをもっていて、中学時代の同級生だった彼女と観劇する予定だったのですが、数日前に「つきあってほしい」と告白して断られています。

彼女「伊藤みのり」のことは中学時代はなんとも思っていなかったのですが、大学に入ってから、高田馬場の書店で再会し、奥田が中学時代からひた隠しにしてきた「ライトノベル」好きというオタク趣味が共通であったことがわかってから、定期的に書店で待ち合わせたあたりから一目ぼれしてしまっています。

彼女は、「中学のころから好きだった」と打ち明けてくれたのですが、突然の拒絶はなぜ・・という展開です。甘酸っぱい青春時代の「恋」の謎解きが楽しめます。

そして、劇場の外で偶然、演劇の演出家・嶋田ソウに出会い、彼への体当たり演技で、劇場内に潜り込むことの成功する康子さんと松尾くんの奮闘(「幕間」)や、嶋田ソウによって抜擢された若手俳優のところへ届いた、舞台に出たら、同じ演劇に出演している若手美人女優とのスキャンダルを舞台上で公表する、という脅迫状の意外な犯人と意図がサスペンスっぽく描かれる「舞台裏の覚悟」を経て、年老いた主演女優が隠していた秘密と大胆な覚悟(「千賀雅子にはかなわない」)をはさみながら、もうひとつの本題であるパワハラ上司・澤口への「リベンジ」が動いていきます。

レビュアーの一言

今巻は、何幕かで構成された演劇を見ているかのように、それぞれの短編完結でありながら、前話と次の話の登場人物が話の途中で出会い、何かしらのエピソードを演じて次話につながっていくというチェーン・ストーリーの構造にもなっています。

パワハラ上司へのリベンジ劇は、康子さんや松尾だけでなく、イジメられていた玉ノ井も立ち上がって、「半沢直樹」風にサスペンスフルに最終番に向かって展開していきますので、かなりの爽快感が味わえると思います。

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