フランス料理のビストロに訪れる客の謎は、美味な料理で解き明かされる ー 近藤史恵「マカロンはマカロン」(創元クライム・クラブ)

街場の隠れた名店のビストロ「パ・マル」っを舞台にした、「タルト・タタンの夢」「ヴァン・ショーをあなたに」に続くミステリーの第三弾。新しいメイン・キャストの登場もなく、ひげの変人シェフ・「三舟」さん、セカンド・シェフの「志村」さん、ソムリエールの「金子」さん、そして物語の語り部である「ぼく」ことウェイターの「高築」を中心に店にやってくるお客さんの抱える謎を解き明かす展開で、三作目にふさわしく円熟味がでてきておりますな。

【収録とあらすじ】

収録は

「コウノトリが運ぶもの」
「青い果実のタルト」
「共犯のピエ・ド・コション」
「追悼のブーダン・ノワール」
「ムッシュ・パピヨンに伝言を」
「マカロンはマカロン」
「タルタルステーキの罠」
「ヴィンテージワインと友情」

の8編。

第一話の「コウノトリが運ぶもの」は、近くにできた自然食品ショップの「AB]の店主・安倍さんに関する話。彼女は、乳製品アレルギーでフランス料理から遠ざかっていたのだが、「フランス料理と和解する」ためにラ・パルに注文をいれるのだが、その「和解」とはどういう意味なのか?なにやら、彼女の肉親との確執がかくれているようなのだが・・・、という謎解き。
キーとなるのは、ラードを鍋に入れて、そこに下ごしらえした野菜と肉を入れ、パン生地で蓋をして、オーブンでじっくり焼く、アルザス名物の「ベッコフ」という鍋料理。この調理法に父親の愛情が隠れていたんですな。

第二話の「青い果実のタルト」は、パ・マルの「デセール」(デザートのことですな)で出されたことのない「ブルーベリーのタルト」に関する話。店にくる若い女性が最近、このタルトはあるかと聞くことが増えたのだが、その原因は、店の常連の奥さんの人気ブログにあるらしい。その奥さんは、先だって、パ・マルのことを書いていて、店でだしていないはずのタルトのことを書いているのだが・・・、というのがこの話の謎。

ネタバレは、スマホの写真のモードによっては青みがきつくなるのと、「知らぬは亭主・・・」といったところ。

第三話の「共犯のピエ・ド・コション」は、パ・マルの昔の常連の女性の再婚話に関する話。彼女の再婚相手は学校の生物の教師をしているのだが、彼女の息子と妙に馬が合っているらしい。この三人でパ・マルにやってきた時、その息子は「豚足のガレット」というかなり凝ったものを注文する。彼は豚肉は嫌いなはずなのだが、という展開の底にある謎解きですな。

男同士の秘密ってやつと、男の子は標本好きだよね、といったところが謎解きのヒント。

第四話の「追悼のブーダン・ノワール」は、豚の血でつくったソーセージ「ブータン・ノワール」から発展して日本・中国のカップルのわだかまりを解く話。

出生地の料理をけなされることは、自らの精神を批判されるのと同義なんですな、と料理のもつ偉大さをあらためて思い知りますね。

第五話の「ムッシュ・パピヨンに伝言を」は、パ・マルにやってきたおしゃれな一見さんの男性客の若い頃の思い出話。彼がイタリアに留学中、宿舎の近くのパン屋の女性との、秘めやかなラブ・ロマンスの話なのだが、シェフの謎解きで、冷え切っていたはずの熾火に再び火がつくのは、なんともドキドキしますね。

第六話の「マカロンはマカロン」は、少し前にたくさん話題になったLGBTに関する話で、此の話のメインキャストは、女性の従業員ばかりで運営しているフランス料理店のソムリエなのだが、ソムリエでありながら彼女が香水をつけている理由が、謎の”肝”のところ。

今、日本で流行っているのは「マカロン・パリジャン」というもので、マカロンはそもそも卵白とアーモンドの粉を使った素朴なお菓子で、地方ごとにいろんなのがある、ってのが謎解きのヒント。このマカロンの話は、地域振興とか経営なんかの例え話にも使えそうではある。

第七話の「タルタルステーキの罠」は、着付けの先生とお弟子さん二人の会食の予約で、前もって、それとなく「タルタルステーキ」をメニューに入れておいてくれ、という妙なリクエストがされたことに関する謎。

お弟子さんのうちの一人が着付けの先生のお嫁さんなのだが、食事の途中、このお嫁さんに姑さんが自分が注文したタルタルステーキを一口食べさせる。とても美味しいから、という理由からだったのだが、その行為の影には、ある策略があったのだが・・・、という展開。生肉は包丁やまな板をその都度消毒するなど、厳密な処理が必要なんですね、というのがヒントかな。

最終話の「ヴィンテージワインと友情」は、仲の良さそうな若者グループの中の一人の金持ちの女性に関する話。

この若者グループは定期的に会食をしているようなのだが、ワインはその金持ちの女の子が自宅から持ち込んでいる。グループの中の別の女性がそういうことは嫌味だからやめろと彼女に注意していて、その金持ちの女の子は中止する女性から嫌われていると気に病んでいるのだが・・・、という話の謎解き。

「良薬は口に苦し、諫言は耳に逆らう」という故事のとおりでありますな、というところがなんとも後口が苦いですね。

【レビュアーから一言】

「パ・マル」シリーズの魅力は、何も見ていないようでしっかりと本質のところを観察していて謎解きをする、三舟シェフの謎解きとあわせて、多種多様なフランス料理の数々である。
第一話の「ベッコフ」や、第四話のブータン・ノワールといった話をリードする料理だけでなく、丸焼きではなく、豚のロース肉、皮付き三枚肉、豚足、頬肉、尻尾という各部位を少量づつオーブンで焼いた「豚一頭分のロティ」といったように、脇役的にでてくる料理もあなどれない。

謎解きとフランスのビストロ料理の名品のセットメニューを楽しんでくださいな。

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