大陸由来の女性薬師は宮中の病と謎を解決する=小田菜摘「後宮の薬師ー平安なぞとき診療日記」

王朝文化、貴族文化が華やかに展開された平安時代。その雅さと裏腹に、宮廷の中では呪詛や呪いが横行している上に、帝の寵愛をめぐって、有力貴族出身の姫君や、美貌の女官たちが激しく争う人間模様が展開されていた時代でもありました。

そんな2つの顔をもつ平安時代の宮中を舞台にした平安お仕事ミステリーが、本書『小田菜摘「後宮の薬師ー平安なぞとき診療日記」(PHP文芸文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序 朱雀大路を歩いて見れば
第一話 我がまま姫に翻弄されて
第二話 若宮の病は菅公の呪い?
第三話 膳に難あり、女?の卦
第四話 勤勉も時に因りけり
第五話 風ほろしの原因は意外なところに

となっていて。本篇の主人公となるのは、「安瑞蓮」という九州の太宰府で活躍していた女性薬師。彼女は都の貴族の招聘で、宮中の医師や薬師では治癒しない貴族や皇族の「病」の治療 にやってきた、というのが物語の発端です。で、彼女は外国、おそらくは中国の西方地域の血筋をひいていて、

後頭部の高い位置できりりと結んだ長い髪は、花穂をつける前の薄のような赤みのある淡い色。天竺の人間のように彫りの深い端正な面立ちに、双眸は極上の琅玕を思わせる深く濃い翠色である。

という日本人離れした容貌なので、宮中でも目立つ存在であるのは間違いなく、あちこちで注目や余計な警戒を招きながら、診療と、患者の抱える謎解きをしていくことになります・

第一話の「我がまま姫に翻弄されて」では、安瑞蓮がもといた筑紫の国の国守の娘・茅子の顔にできた吹き出物の治療です。今まで数々の治療法を試しても一向に回復しない自分の顔を悲観して、治療を拒否して暴れる茅子に対し、瑞蓮のとったのは、当時では珍しい「外科手法」で・・といった展開です。

第二話の「若宮の病は菅公の呪い?」は、第一話で筑紫守の娘の治療に成功したのを見て、瑞蓮に時の帝の庶出の皇子の床ずれの治療の依頼が入ります。この皇子・朱宮はその存在を世間から隠されているのですが、それは朱宮が足腰に障害があり、立つこともできないことが明らかになれば、菅原道真(菅公)の呪い、という風評が立つことを警戒してのことです。

この朱宮の床ずれの治療に着手した瑞蓮だったのですが、朱宮は半年前から月に一、二度の頻度で蕁麻疹が出ていることがわかります。皇子にはアレルギーもなく、食事は乳母が点検しているので、毒物のようなものはいっていないように推測されます。さて、この原因は、というところですが謎解きは最終話まで持ち越されます。

このほか、帝の正室に仕えている女官の脚気に、陰陽師・安部清明のアドバイスで気づいていく「膳に難あり、女媧の卦」や天皇の詔勅や宣命の起草を行う「中内記」のワーカーホリック役人の病気を見抜く「勤勉も時に因りけり」など、現代にも共通するような「宮仕え」の官人の病に挑む、女性薬師の活躍が語られていきます。

そして、最終話では、朱宮の「蕁麻疹」の原因が明らかになります。彼の病気が帝の正室の呪いによるものではと大声で避難したり、乳母の「乳」が原因だと乳母を打擲する、朱宮の実母この皇子を忌み嫌っている実の母親の妃が訪れた時に、この症状がでるところから、この妃が原因ではないかと瑞蓮は推測するのですが、実はもっと複雑な人間関係が影響していて・・という展開です。

レビュアーの一言

この物語の年代的にはプロローグのところで天慶七年(944年)となっていて、最後の遣唐使が派遣された承和五年(838年)からおよそ100年経過していますし、当時は北宋が中国を統一するまでの五胡十六国の時代で中国が千々に乱れていた時ですので、主人公の瑞蓮が身に付けた薬師の技術は、中国から民間ベースで伝わった技術だろうと推測されます。

彼女は中国から渡ってきた父親から学んだようなのですが、父親は五胡十六国の戦乱から逃れてきた人物かもしれないですね。

ちなみに、この天慶七年は、現帝の朱雀天皇が、異母弟の後の村上天皇を皇太弟にたてられていて、2年後となる譲位の前の不穏な空気が漂い始めてきている頃ですね。

この「宮廷の薬師」シリーズは2022年8月現在で2巻まで敢行されています。第2巻では、瑞蓮が平安京にやってきて1カ月後、宮中生活にも慣れてきた瑞蓮が、次期東宮の子を誰が産むのかの騒動に巻き込まれていくようです。

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