源氏物語の失われた物語の秘密を推理する ー 森谷明子「千年の黙 異本源氏物語」(創元推理文庫)

「れんげ野原のまんなかで」でほんわりとした図書館ミステリーをものした筆者の源氏物語ミステリー。
源氏物語をテーマにしたミステリーといえば、井沢元彦の「GEN」や柴田よしきの「小袖日記」といったところがあるのだが、こいつはそういう源氏ものともちょっと異なる時代ミステリー。

【構成と注目ポイント】

構成は
第一部 上にさぶろう御猫(長保元年)
第二部 かかやく日の宮(寛弘二年)
第三部 雲隠(長和二年ー寛仁四年)

となっているのだが、主人公は源氏物語の作者である藤原香子とその女房である あてき ではあるのだが、第一部と第二部・第三部はテーマ的にはつながらないものと考えていい。

ざっくりとレビューすると、第一部は、中宮定子がお産のため宿下がりした際に、その屋敷から定子の愛猫が行方不明になる。権高の清少納言が車に乗せてしっかりと繋いでおいたはずなのに忽然と消えてしまう。都は猫探しに奔走させられ、香子の配偶者の藤原宣孝も、都中を探索させられる。さて、猫の行方は、といった設定。

猫の行方を捜すミステリー短編ではあるし、香子の推理も楽しめるのだが、筆者の源氏ものシリーズの主要な登場人物である、藤原香子(紫式部)、あてき、あてきと結婚する岩丸、藤原道長、中宮彰子といった主要人物をキャスティングするのが第一部といっていいだろう。

第二部以降は、これとはうってかわって、源氏物語そのものに関するミステリー。どうも、源氏物語には現在に伝わっていない巻が「桐壺」と「帚木」の間にあったのでは、という説が昔からあるらしく、全体の話の展開やら後の巻の書きぶりからして、その巻ないとどうも繋ぎが悪いといったことがあるらしい。

少しネタばれ承知でいうと、本書では、その失われた巻「かかやく日の宮」の帖を式部が書いたっていうのを前提にして、ではどこでなぜ失われたのか、というのが語られるのが第二部と第三部で、時代的には、第一部ではまだ女童であったあてきがすっかり成人しているし、第三部では夫(岩丸)と死別して、香子(式部)の娘の賢子が女房として宮中に上がっているという設定。

こうした古い物語が時代を経るにつれて、書き損じたり、うっちゃられて後世に伝わらないというのはよくあることなのだが、本書では、書かれたその時代に、すでに失われてしまういうことなので、じゃあ、誰が、どんな動機で、といったことが謎解きの主体となる。
疑わしいののは、お察しのとおり、時の権力者であるのだろうが、中宮彰子お気に入りで、当代の人気を集めた物語の一部が、なぜ失われなければならなかったか、ってのが、このミステリーの本星といったところか・・。

【レビュアーから一言】

詳細は現物に当たって確かめてね、とならざるをえないのがミステリーのレビューの宿命ではあるのだが、人が死んだり、宝物が盗まれてしまうわけでもなく、物語の一篇がなぜ消えうせてしまったか、というのをミステリーの核にもってきたあたり、時代ミステリーの新局面といっていいのではなかろうか。学生時代にあくびをかみ殺しながら受け流していた”古典”の影にこんな物語があったと思えば、退屈な古典の授業も少しは気が紛れるのかもしれない。
すべての”古典”の苦手な学生諸氏も一読してはいかがであろうか。

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