小栗忠順、武市半平太、幕末の敗者の実相を見逃すな=小栗さくら「余烈」

幕末から明治の初期を舞台に、西郷隆盛よ大久保利通、あるいは徳川慶喜といった「巨星」の周囲で、時代の大きな奔流に揉まれながらも命をかけて、己の信ずるものを守ったり、あるいは自ら葬らざるを得なかった男達の秘史を描いたのが本書『小栗さくら「余烈」(講談社)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「波紋」
「恭順」
「誓約」
「碧海」

の四話。

第一話目の「波紋」は幕末の三大人斬りの一人として名高い「中村半次郎」の物語です。中村半次郎はマンガでは「人斬り」のイメージから居合術を遣う、不気味な刺客のような感じで描かれることが多いのですが、実は豪放磊落、分け隔てのない性格で、陸軍少将時代は、軍服はフランス製の特注で、フランス香水を欠かさなかったというお洒落な陣部であったとようです。

物語のほうは、その半次郎が、28歳の時、薩摩の陸軍教官で、公武合体派の「赤松小三郎」を暗殺した時のエピソードです。実は中村半次郎は「人斬り」といわれているのですが、彼が明確に暗殺を行ったと判明しているのは、この一件ぐらいだそうですね。

赤松は勝海舟の門人でもあって、長崎の海事伝習所で学んだほか、横花駐在のイギリス軍騎兵士官から英語も学び、オランダ式兵学からイギリス式兵学まだ幅広く習得し、薩摩藩の軍制改革に功績のあった人ですね。物語では、彼が薩摩藩士に兵学を教える際に、半次郎は学生名簿をつくったり様々な協力をして、彼を「師」として仰いでいます。

その彼がなぜ「赤松」を暗殺する仕儀となったのか、そして黒幕は、といったところが描き出されていきます。半次郎の苦悩とともに、幕末の隠れた先駆者・赤松小三郎も興味深いですね。

第二話の「恭順」は、幕末に勘定奉行などの要職を務め、ロシアによる対馬占領事件の国際交渉や、関税率改定、横須賀製鉄所の建設を始めて、日本陸海軍の兵器の国産化など多くの業績を残した小栗忠順の最期が、彼の後継ぎの養子・小栗忠道の目を通して描かれます。

小栗は、大政奉還後、知行地のあった権田村、今の群馬県高崎市に移っていたのですが、農兵の訓練をして反乱を計画していた嫌疑をかけられ、斬首されています。

物語では、新政府と一戦交えるべきと主張する小栗や榎本たちの進言をはねつける徳川慶喜や、小黒の功績をいつのまには自分の功績にしてしまう勝海舟など、現在の大河ドラマなんかでは持ち上げられている幕府の要人たちの「醜悪な部分」を描き出しています。

そして、倒壊した徳川幕府の官僚として、粛々と謹慎生活をおくる小栗たちに対して、「埋蔵金」の噂に踊らされて、新政府が討伐の軍を派遣し・・という展開です。明治維新の「陰」の物語としておさえておきましょう。

第三話の「誓約」は、幕末の土佐藩で、郷士の身分から、当時の藩の実権を握っていた山内容堂によって見出され、藩の要職につきながら、後に刑死した土佐勤王党のリーダー・武市半平太の物語が描かれます。彼は、仲間たちと仕掛けた、土佐藩執政・吉田東洋に暗殺による政変をきっかけに、容堂によって京都留守居役に出世し、土佐藩の対外折衝に実権をふるうことになるのですが、勤王党の後輩・平井収二郎の越権行為に連座してその職を離れることになってしまいます。山内容堂の力で復権を企む半平太なのですが、そこには大きな落とし穴がまっていて・・という展開です。

武市半平太は、岡田以蔵の自白をとめるため、口封じの以蔵毒殺計画を仕組んだ、という話もあって、エリート意識の強いイヤな奴のように描かれることが多いのですが、この物語ではそこまでイヤな人物としては描かれていません。理想を実現するために手段を選ばなかった策士の転落物語、といった感じですかね。

最終話の「碧海」は、幕末の東北戦争から箱館戦争にかけて近藤勇や土方歳三の側近として行動をともにした立川主税が主人公です。土方の戦死に立会い、陸軍奉行添役の安富から、土方の実家への戦死の報告を命じられた立川が、箱館戦争後、新政府の捕虜となり、赦免後、土方家へ向かう過程で、土方との想い出が語られていきます。

そして、土方家についてからのその後で、「賊軍の将」として語られることの多い土方歳三の人柄と人望の厚さが描かれていきます。

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レビュアーの一言

いずれの物語も、華々しいヒーローではなく、歴史上は「敗者」として扱われている人物が主役で、その周辺にいた人々の口を使って、その人物の実相があぶり出されてきます。

筆者はいわゆる「歴史アイドル」として有名な人なのですが、初小説とも思えない仕上がりになっていますので、歴史小説好きはおさえておくべき作者だと思います。

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