世田谷の寂れた人形店にやってくる人形は謎を抱えている=津原泰水「たまさか人形堂物語」

勤めていた広告代理店をリストラされ、収入の道も途絶えて、都内の2DKのマンションに引きこもっていた「澪」を呼び出したのは、肝腫瘍で余命いくばくもないと診断された入院中の祖父。彼から、生前贈与で贈られたのが、世田谷にある「玉阪人形堂」の店舗兼住居なのですが、時代の流れに勝てず斜陽となった店を立て直すために始めた「人形の修復」を頼みにくるお客は、人形とともに、様々な人形にまつわる謎も持ち込んできます。

都内の寂れた人形店を舞台にしたコージー・ミステリー「たまさか人形堂」シリーズの第一作が『津原泰水「たまさか人形堂物語」(文春文庫または創元推理文庫)』です。

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あらすじと注目ポイント

収録は

「毀す理由」
「恋は恋」
「村上迷想」
「最終公演」
「ガブ」
「スリープング・ビューティ」

の6編。

第一話の「毀す理由」は、シリーズ最初のお話として、主人公兼語り部となる「澪」が「玉阪人形堂」を引き継ぐこととなった経緯や「玉阪人形堂」の謂れが語られます。ちなみに「澪」に店を譲った祖父は最新の治療で肝臓癌が寛解し、ニュージーランドに移住しているらしく、まあ人騒がせな爺さんではあります。

そして、この店で「人形修復」の技術面を担当している職人の「師村さん」や店の人気商品であるテディベアを制作する「冨永くん」といった店のスタッフが紹介されていきます。

第一話で持ち込まれるのは、人形のような顔だちの「畝川」という名の、「澪」と同じぐらいの若い女性で、彼女をモデルにしてつくられたという、等身大の創作人形なのですが、その顔の部分がなにか固いもので殴打されたらしく、大きくへこみ陥没しています。彼女はこの人形の修復を依頼してくるのですが、その人形は彼女の生まれる前、三十年以上前につくられた人形に間違いなく・・という筋立てです。

この人形の謎解きが、冨永くんが担当することになった、何度直しても持ち主の幼稚園児によってすぐバラバラにされてしまうテディベアの人形の謎解きと併せて展開していきます。

第二話の「恋は恋」で持ちこまれるのは、冨永くんの友人がシリコンゴム製のいわゆる「ダッチワイフ」の「麗美」。友人の母親が上京してきて。しばらく泊っていくため、その間預かってくれ、という依頼でしばらく店に置くことにしたのですが、「麗美」が店にいることで、冨永くんや店の常連客にある効果を及ぼし始め・・という展開です。

第三話の「村上迷想」は、「澪」の遠縁の親戚がいる新潟県村上市へ、ここで開かれる「町屋の人形さま巡り」を商売の勉強も兼ねて訪問して出くわした殺人事件の話です。「町屋の人形さま巡り」というのは、かつて江戸時代に堀家や内藤家が治めた村上藩の旧城下町で、旧家や名家が代々受け継いできたひな人形や武者人形、土人形などの「人形さま」を家々を回りながら見ることができるイベントで、これとあわせて普段ならはいることのない「町家」の中も見学できるという伝統行事です。人形の数はおよそ4000体、80軒の家々に飾られているというもので、人形愛好家間では有名なイベントのようです。

このイベントにあわせて、冨永と村上市を訪れた「澪」だったのですが、親戚の「丹能歯科医院」で、長男で東京での起業が失敗して帰郷している「渉」と次男で歯科医の家業を継いでいる「衛」に再会するのですが、町家を巡っている最中に「渉」が父親の元愛人「菅原晶子」の家で突然死したことを知らされます。彼と「晶子」の血中からは、トリカブトの毒成分である「アコニチン」が検出され・・という筋立てです。

実はこの村上藩は江戸初期、堀家が藩主であったころ、三代続けて藩主や正室・側室が急死し、村上藩は一旦断絶することになるのですが、この「急死」の原因が初代・堀直寄の側室「お秋の方」の仕業ではという噂が出、彼女は「附子(トリカブト)の方」と呼ばれた、という伝説が残っています。

「渉」の死は事故なのか、江戸時代の伝説のように「お妾さん」の犯行なのか、さらに「渉」が「澪」に言い残した「(弟の)衛にか気を許すな」という言葉の意味は・・といった展開です。地方の旧家での「ドロドロ」愛憎劇と「附子の方」にまつわる伝説の威力が謎解きのキーですね。

このほかチェコの人形劇での後継騒動が描かれる「最終公演」、人形堂の腕利きの職人「師村さん」の意外な過去が明らかになる「ガブ」が収録されています。そして最終話「スリープング・ビューティ」ではでは店を継続していくことが苦しくなった「澪」が人形堂を売りに出し、元々は金魚の卸業者で今はエクステリアを扱い中堅商社「武蔵野金魚」が買買い取るのですが、そこには意外な秘密が明らかになります。

レビュアーの一言

「人形」にまつわるミステリーとなると、たいていは「怨念」やら「呪い」といったオカルト・ミステリーの世界に突入していくことが多いのですが、本シリーズは、あくまでも「コージー・ミステリ」、「日常の謎」という範疇を守っていて、殺人事件は起きるもののけしておどろおどろしくありません。怪奇ミステリーやサイコ・ミステリーがお好きな方には拍子抜けかもしれませんが、たまにはこういう「ほわっ」としたミステリーで心を穏やかにしてみてはいかがでしょうか。

なお、「たまさか人形堂」シリーズには、「玉阪人形堂」の買収劇のその後が描かれる「たまさか人形堂 それから」が続編としてでています。そちらでは、リカちゃん人形の「リカちゃん」そっくりの家族環境のもう一人の「リカちゃん」の話や頭を撫でていると髪が伸びる日本人形の話などを楽しむことができます。今度は怪奇仕立てかどうかは、原書を読んで確かめてくださいね。

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