明治初頭の難事件を司法卿・江藤新平が解き明かす=伊吹亜門「刀と傘 明治京洛推理帖」

明治政府の司法卿として薩長勢力の対抗軸として、陸軍を牛耳る山県有朋や、大蔵省の井上馨・渋沢栄一といった大物を失脚させた「江藤新平」が、元尾張藩士で司法省の顧問となっている鹿野師光とともに、混乱が続く京都でおきる維新志士や明治政府の高官の殺人事件の謎を解いていく、歴史ミステリーが本書『伊吹亜門「刀と傘 明治京洛推理帖」(東京創元社 ミステリ・フロンティア)』です。

カバー裏の紹介文では

維新に揺れる幕末の京都で、若き尾張藩士・鹿野師光は一人の男と邂逅する。名は江藤新平ー後に初代司法卿となり、近代日本の司法制度の礎を築く人物である。二人の前には、時代の転換点故に起きる事件が次々に待ち受ける

とあって、長州閥から疎まれて、佐賀の乱で刑死するのですが、卓越した論理構成と弁舌、舌鋒の苛烈さで有名だった江藤新平が、その右腕となった鹿野師光とともに、その頭のキレを、事件の推理につぎ込む5つの物語が描かれます。

あらすじと注目ポイント

収録は

「佐賀から来た男」
「弾正台切腹事件」
「監獄舎の殺人」
「桜」
「そして、佐賀の乱」

となっていて、物語は、慶応三年の徳川慶喜の大政奉還から明治七年の佐賀の乱の勃発前、政治の中心は東京へと移りつつあり、攘夷派が残る地として新政府からも避けられはじめ、倒幕の中心舞台であった京都で物語が展開していきます。

第一話の「佐賀から来た男」は、慶応三年、徳川慶喜の大政奉還後、振り上げた拳のおろしどころに困る薩長は、王政復古の大号令を発布し、徳川宗家を追い詰めようとしている中、尾張藩代表の一人・鹿野師光や越後新発田藩の三柳北枝、福岡黒田藩を脱藩し、今では越前の松平春嶽侯の重臣となっている五丁森了介、大垣藩の上社虎之丞といった新政府に出仕しているのですが、徳川擁護派に属する諸藩のメンバーたちが武力衝突の回避を目指して奔走しています。このうち、五丁森は大政奉還にも関与し、当時の攘夷派に真っ向から対立する開国派で新政府の中でも彼の命を狙うものは多いのですが、隠れ住む町家の中で、体中を切り裂かれた状態で死んでいるのが発見されます。
しかし、その日の朝まで大ぶりだった雨で濡れた地面には、足跡がどこにも残っておらず、密室状態の事件で・・という筋立てです。手がかりになりそうなのは、犯人が一度持ち出し、再び現場に残したらしい一通の書簡で、それは五丁森が、春嶽侯の命令で、侯が大阪城で誰かに面会する際のために用意した「英文」の書簡なのですが・・という展開です。この密室殺人事件の謎を、鍋島閑叟の名代で、五丁森に会うために佐賀から上洛した江藤新平が解き明かしていきます。

第二話の「弾正台切腹事件」は、新政府で司法制度の調査立案を担当することとなった衛藤心平は、司法制度統一の妨げになっている守旧派の多い「弾正台」の解体を目論んでいるのですが、その牙城となっている京都の弾正台に渋川広元という密偵を潜入させて、守旧派の動向を探らせています。その渋川が弾正台京都支台の文庫で死んでいるのが発見されます。江藤は、守旧派の中心人物・大曽根一衛が犯人ではと疑うのですが、その日、前話で江藤と一緒に謎をとき、今は浪人している鹿野師光が大曽根のところを訪れていて、渋川が死んでいた部屋が当時内側から閉まっていたことを証言していて、渋川の死は自殺とされようとします。
ここで、江藤は渋川の本当の利き腕が左手であったことと、扉に中から閉めるトリックを見抜くのですが、その方法とは・・という展開です。

第三話の「監獄舎の殺人」は第12回のミステリーズの新人賞を受賞した、筆者のデビュー作的な位置づけの作品です。物語は、明治五年、京都の六角神泉苑の府立監獄舎で起きます。この監獄舎はかつては重要な政治犯の監獄として有名だったところで、現在は通常の盗人なども収監されているのですが、政府転覆を狙った謀反の首謀者といった政治犯もまだ収監されています。今回、その政治犯の一人である元奇兵隊隊士「平針六五」に突然の死刑執行命令が下されます。彼はもともとは長州藩軍の中心人物で、様々な秘密事項も知っているため、司法卿となった江藤新平によって、薩長閥の旧悪を暴かれるのを防ぐため、あわてて口塞ぎに出た、という構図です。
この平針の斬首は、彼が幕末に暗殺した大垣藩士の息子が務めることとなるのですが、彼が江藤とともに面談している眼の前で、平針は食事の粥に仕込まれた毒で死亡します。
数時間後には、刑死することが決まっていた平針がなぜ毒殺されることになったのか、また、急に決まった処刑のことをどうやって知り、処刑前に毒を仕込むことができたのか、という謎解きに江藤司法卿が挑みます。

第四話の「桜」は、珍しく「倒叙型」のミステリーです。幕末の動乱で没落し、遊女となり、今は新政府の京都市政局の次官・五百木辺典膳の妾となっている沖牙由羅という女性が、五百木辺を盗賊が忍び込んだと見せかけて刺殺します。その盗賊も、由羅が正当防衛にみせかけて拳銃で撃ち殺すのですが、その正体は由羅の義理の幼馴染で兄のように慕っていた四ノ切左近という元幕臣です。
この由羅の完全犯罪を、司法省から京都市に転籍した鹿野を引き止めるため、京都にやってきていた江藤新平と鹿野師光が突き崩していくのですが、これが二人が決別する原因ともなっていきます。

第五話の「そして、佐賀の乱」は、征韓論争に巻き込まれて新政府を退き、地元の佐賀へ帰ろうとしている江藤新平の最後の推理です。彼が佐賀へ帰還すれば、不平士族に反乱軍の中心に担ぎ上げられるのが間違いないため、同じ佐賀藩閥に属する大木司法卿は、京都府顧問をしている鹿野師光に江藤を引き止めるよう至急の依頼を出します。
ここで、船で佐賀を目指していた江藤は、東京の赤坂で岩倉具視が刺客の襲撃されるという事件の捜査の余波で神戸港で足止めをくらい、時間つぶしのため、第二話で京都の監獄舎に収監された、元弾正台京都支台の守旧派の中心・大曽根に面会をします。ここで、江藤は備品室の中で、彼を見張っていた内務省の密偵が殺されているのを見つけます。ここにかけつけた鹿野は江藤の犯行だと断定し、彼を監獄舎の中に留置するのですが・・という展開です。
少しネタバレすると、この後、連続して起きる士族反乱の先陣を切る形となった「佐賀の乱」の勃発前、死を賭けて江藤を止めようとしたかつての盟友の姿が描かれています。

Bitly

レビュアーの一言

怜悧で理論家で、相手を容赦しない舌鋒の上に、反乱軍の首領として「梟首」という極刑に処せられたためか、維新の英雄として人気がイマイチの江藤新平司法卿なのですが、極貧から身を起こしたせいか、司法卿となっても偉ぶるところはなく、面会を求めてくる書生には気軽に会い、才能があると認めればすぐさま登用するという人だったようです。このあたりは、今巻の、旧幕派からも新政府派からも疎まれた尾張藩の出身である「鹿野師光」を司法省に登用したところにも表れていますね。

江藤は明治政府に仕えていた頃、40人以上の書生の生活の面倒をみていて、政府を辞めて敗死した後、多額の借金が残っていたそうです。

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