「指紋鑑定」による冤罪事件へ若き弁護士たちはどう立ち向かう?=大門剛明「シリウスの反証」

無実の人の人生だけでなく、配偶者や子供の運命を大きく変えてしまう「冤罪事件」。今日も冤罪に苦しむ人々を救い出すために多くの弁護士や有志が活動しているのですが、冤罪救済活動をしているボランティアのグループ「チーム・ゼロ」に届いた、凶器のナイフについた指紋が決めてとなり殺人犯として収監されている死刑囚から届いた「無実」を訴える手紙がきっかけで、絶対不利な再審請求に挑んでいく弁護士たちの活躍を描いたリーガル・ミステリーが本書『大門剛明「シリウスの反証」(角川書店)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章
第一章 ゼロの救済
第二章 無知の暴露
第三章 ジャンク・サイエンス
第四章 冤を雪ぐ
第五章 正義の破片
第六章 鑑定不能
第七章 シリウスの反証

となっていて、序章で、今巻の焦点となる、郡上八幡の「郡上おどり」の夜におきた強盗殺人事件の犯行の描写がされたあと、舞台が大きく変わって、「チーム・ゼロ」という再審請求をボランティアで行っている弁護士や法律家のグループがかち取った再審無罪を祝うパーティー会場に移ります。

パーティーでは、グループ・メンバーの一員である「藤嶋」と「安野」というこの物語の語り手となる弁護士の前で、チームの主宰弁護士である「東山佐奈」があいさつし、来賓には元裁判官出身で現職の鈴木法務大臣も出席して、そこそこ華やかなものなのですが、パーティ終了後、勤めている東山弁護士事務所のオフィスに立ち寄った藤嶋を待っていたのは、冤罪弁護を断った女性・太田重子からの相談にのってくれた感謝と無実を訴える電話で、まああまりすっきりしたスタートではないですね。

この後、この女性は自らの無実を晴らすことができないことを悲観して自殺してしまうのですが、このことが「チーム・ゼロ」の主宰者・東山をに十数年前の親子四人を殺害し金庫を奪った犯人「宮原」からの鉛筆で書かれた、ひらがな混じりのたどたどしい無実を訴える手紙をきっかけに彼の冤罪救済活動へと駆り立てていきます。ただ、この事件は、凶器についた「指紋」という圧倒的な物証のある事件で、判決や捜査結果を覆すのはほとんど不可能に近いと思われるのですが、東山は頑強な主張で、この事件に関わっていくことになり・・という筋立てです。

で、事件を担当することになった藤嶋は、請求者の宮原に会いに収監されている刑務所にいくのですが、彼は長期間の収監で「拘禁反応」がでていて、郡上おどりの民謡を謡いはじめたり、藤嶋のことを息子と間違えて話しかけてきたり、という感じで事件の詳しいことを聞き出せる状況ではありません。

このため、藤嶋や安野は、事件の当時、宮原の弁護を担当した大坪弁護士の事務所のある郡上八幡市へ出向き、当時の警察関係者や事件現場の隣人たちに聞取り調査を始めるのですが、藤嶋の直截的な質問は関係者たちを怒らせたり警戒させたりとあまりうまいこといきません。調査のほうも、警察が宮原に自白を強要したり、指紋を加工したりした形跡はないか、といったこういった冤罪ミステリーで定番の「権力者側の捏造」の可能性まで調べるのですが芳しい成果はでてきません。

ここで藤嶋は、被害者の甥が経営している喫茶店に聞き込みの行ったときに、偶然、被害者一家の中で生き残った女の子「梨沙子」と偶然知り合いになるのですが、この出会いが後半部分で、東山弁護士がこの事件の再審にのめりこむようになった理由と真犯人に迫る手がかりをつかむことになるのでおさえておきましょう。

そして、中盤のところで、再審請求に向けての大きな手がかりが見つかります。当時、指紋の鑑定をした鑑識官の一人「志村」が鑑定の前に宮原の前科などの情報を他の鑑識官が教えられていたことや、自分は指紋の鑑定結果について最初違和感を感じていたが、先輩鑑識官・廣川の判断を疑うなんて恐れ多いという気持ちから最後には同意したこと、などを打ち明けてくれ、再審の裁判となればそれを証言してもいいと確約してくれます。

藤嶋たち「チーム・ゼロ」のメンバーは、再審を認めさせる大きな手掛かりをつかんだ、と気勢があがるのですが、そんな矢先、チームの主宰者である東山佐奈弁護士が、再審裁判を断った太田重子の父親に逆恨みされて刺殺されるという事件がおきてしまいます。

さらに、万を辞して臨んだ「再審裁判」でも志村が証言を覆し、一転して「チーム・ゼロ」は奈落の底へ突き落とされてしまいます。

実は、宮原の再審裁判については、最初のパーティーの場面で登場した清水法務大臣と、岐阜地検の検事正・稗田があまりよい印象、というか、再審が開始することを阻止したがっていて、「佐奈」弁護士を失いながら、再審請求を続けようとする「藤嶋」と「安野」は、法務権力の妨害をかいくぐりながら、志村の上司であった元鑑識官・廣川の協力も得ながら、指紋の再鑑定までこぎつけます。

しかし、凶器にしっかり残っていた「指紋」が宮原のものではないと証明するには相当のリスクがあるのですが、この危機を乗り越えるため、二人の取った行動は・・といった展開で、詳しくは原書のほうでどうぞ。

レビュアーの一言

犯罪捜査には、DNA鑑定など現在では様々な科学捜査の手法が採用されているのですが、やはりその王道といえば「指紋鑑定」でしょうね。

実はこの「指紋鑑定」が発見されたのは、明治初期、キリスト教の宣教師として来日し、医師の資格もあったことから東京に「築地病院」を開院した治療をしていた「ヘンリーフォールズ」という外国人医師がかかわっているそうです。

彼は明治初期に、印鑑のかわりに「拇印」を押す日本人の習慣に関心をもち、後に手伝った大森貝塚で発見された縄文土器に当時の日本人の指紋が残っていたことから、土器の作者を特定できないか、と指紋の研究を始めたそうですね。

そして、その研究成果「人間の指紋は一生変化しない。さらに双子でもその指紋は異なる」という結果を1880年に科学雑誌「ネイチャー」に八要したところ、スコットランド・ヤードが興味をもち、犯罪捜査への応用を検討し始めたのが発端だということで、科学捜査と日本の意外な関係が見つかりました。

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