大正ロマンの中で「推理」は花開く=青柳碧人「名探偵の生まれる夜ー大正謎百景」

明治維新や日清・日露戦争などの新政府設立と富国強兵で彩られる「明治時代」、第二次世界大戦を経て敗戦・戦後復興で一時は世界第二位のGMPを誇った経済大国へと強大化した「昭和時代」に挟まれた、年数にしてわずか15年間の「大正時代」は領土拡張や経済発展などマッチョな世界では、二つの時代に後れをとるももの、「大将デモクラシー」や「大正ロマン」など文化の面では、明治・昭和にひけをとらない「華やかな」時代として認識していいと思います。

そんな大正時代の風物や有名な文豪や俳優たちを主人公にして、彼らが出会う様々な「日常の謎」を解き明かしていく大正ロマン風コージー・ミステリーが本書『青柳碧人「名探偵の生まれる夜ー大正謎百景」(角川書店)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「カリーの香る探偵譚」
「野口英世の娘」
「名作の生まれる夜」
「都の西北、別れの歌」
「夫婦たちの新世界」
「渋谷駅の共犯者」
「遠野はまだ朝もやの中」
「姉様人形八景」

の八話。

まず第一話の「カリーの香る探偵譚」で探偵役となるのは、大正時代に日本海軍を揺るがした外国企業による大汚職事件「シーメンス事件」を調査した岩井三郎が起こした探偵事務所へ就活にやってきた探偵志望の青年・平井太郎です。彼は、国内外の探偵小説を読破し、推理には自信があると面接をうけにきたのですが、探偵事務の本業である尾行や張り込みといったことは全く不得意であったため、雇うのを断ったのですが、それでもなおねばるため、インドで独立運動を主導しているチャンドラ・ボーズが国内に潜伏しているらしいので、彼の行方をつきとめたら採用してやる、と難題を出されます。

ただ、それが難題とも思っていない青年は、ボーズがインドの紳士で体が大きいから、カレーをたくさん食べるに違いない、と最近、メニューにカレーを出し始めたレストランが潜伏先に間違いない、と新宿中村屋に潜伏調査を仕掛けるのですが、店の主人・相馬愛蔵から、娘へのプロポーズを狙って押しかけている男の排除を頼まれることとなり・・といった展開です。

まあ、この排除騒動がかなりのドタバタなのですが、「いい加減」と思われた平井太郎の推理がいい線をいっていたことが後半になってわかってきます。それもそのはず、本名「平井太郎」の有名人と言えばミステリーファンならおなじみの・・という展開です。

第二話の「野口英世の娘」では、アメリカで蛇毒や梅毒の研究で名をあげ、ノーベル生理学医学賞の候補にもあげられた「野口英世」に起こった事件です。かれは渡米から15年後、故郷に錦を飾る態で、アメリカ留学時代に、同郷であったことから親しくなった、当時、新興の製薬企業「星製薬」の創業者・星一の計らいで帰国し、墓参りと全国の講演を行うこととなったのですが、帰国した初日、野口英世と星一の前に現れたのは、野口が渡米する直前、結婚を餌に福島の素封家から借りた留学資金を横浜の料亭で使い込んだ翌日に訪れた安酒屋の手伝いをしていた女給の娘となのる「畠山ヨネ」という美人です。

彼女は自分の父は野口英世だと主張し、野口がアメリカを帰還する際、アメリカへ連れて行ってほしい、と懇願します。彼女は女優の卵でアメリカやヨーロッパで本場の演劇を勉強したい、とうったえます。いかにも偽物、というシチュエーションなのですが、意外にも、野口には心当たりがあるようで、無下に否定もできません。

「畠山ヨネ」はもしアメリカに連れて行かないなら新聞社にすべてを打ち明けると脅すので、野口がアメリカに還るまでの数日間の間に、彼女が本物かどうか明らかにしないといけません。野口の親友である「星一」はその調査に「星製薬」の全力をあげて取り組むのですが・・という筋立てです。

少しネタばれすると、星一と星製薬の調査は全てシロ、疑惑の娘「畠山ヨネ」は野口の娘として渡米することに成功しそうなのですが、ここで登場した野口英世の母・シカの発言によって事態は急転・・という展開です。

このほか、芥川龍之介の「蜘蛛の糸が産まれた秘話(「名作の生まれる夜」)、創業仕立ての松下幸之助が、ロープウェーを停止させた真犯人を割り出していく「夫婦たちの新世界」、忠犬ハチ公の飼い主・上野英三郎博士がまきこまれた東京帝国大学の重要書類盗難事件(「渋谷駅の共犯者」)などが収録されています。

なかでも秀逸と思ったのは「遠野はまだ朝もやの中」では、遠野で出会った少女から遠野に伝わる昔話を聞き出していく風貌怪異な人物の意外な正体と、最後にわかる少女の正体にビックリすると思います。

レビュアーの一言

本巻の舞台となる「大正時代」は、普通選挙法が施行され、民主主義の端緒となったり、洋装に断髪の「職業婦人」あるいは「モダンガール」と呼ばれる仕事をもった女性が活躍し、箱根駅伝の第1回が開催、アントワープ・オリンピックではテニスで日本人初のねだる獲得といった華やかな話題も多いのですが、第1次大戦によって「成金」と呼ばれる新興富裕層が産まれ、工業振興の一方で農業が衰退し、米価が高騰したため、「米騒動」が頻発したり、大正12年に「関東大震災」が発生したり、と災害や暴動も多かった時代でもありますね。

それでも、なにかしら「大正時代」が華やかに感じるには、女性の就学率と上級学校への進学率の向上と「女袴」の普及で袴姿の「女学生」の姿が思い浮かぶせいなのかもしれません。

ちなみに、「鬼滅の刃」の時代設定は「大正時代」ですのでお忘れなく。

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