百合系の女性武道家は、恩師殺害に隠された国家的陰謀を暴く=桃野雑派「老虎残夢」

モンゴル高原で後のチンギス・ハンとなる「鉄木人」がモンゴルの諸部族を征服し、統一国家をつくり上げようとしている時、中国大陸では女真族の「金」と、漢族の「南宋」の二大大国が、宋が金へ歳幣を支払うという形での、金で買った「平和」がもたらされていました。
その「宋」国の東シナ海の洋上の孤島「八仙島」で、武道の「奥義」の継承をめぐって、島内の湖の中にある楼閣内での武道家密室殺人の謎を解くミステリーが『桃野雑派「老虎残夢」(講談社)』です。

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あらすじと注目ポイント

構成は

第一集 行路難
第二集 山中問答
第三集 野田黄雀行
第四集 荘周夢胡蝶
第五集 臨路歌

となっていて、物語は東シナ海の洋上にある南宋の「八仙島」にある湖内の楼閣の場面から始まります。室内では、ここに住む老武道家・粱泰隆と、その女性の弟子・紫苑とが対峙しているのですが、どうやら泰隆が彼が習得した奥義を、たった一人の弟子である紫苑に伝授せず、外から招いた三人の武道家のうちの一人に伝授する方針と聞いて、顔にはださないものの、相当の不満を抱えている様子です。

武術の才能的に見て、紫苑は継いでもおかしくないほどの腕前なのですが、どうやら彼女は、密かに師父・泰隆の娘・恋華と女性同士ながら好き合っていて、これが「奥義」を継がしてもらえない理由なのでは、と疑っているようですね。この紫苑と恋華との「百合」関係は謎解きにも関係してくることなので覚えておきましょう。

で、事件のほうは、老武道家・泰隆の「奥義」の承継者候補となる「蔡文和」「楽祥纏」「為問」の三人が来訪し、歓迎の宴を開いた翌日、泰隆が住居にしている湖の真ん中にある「八仙楼」の中で、腹に匕首を刺されて死んでいるのが見つかります。武道の達人である泰隆がなぜ簡単に殺されてしまうことになったのか、そして、湖内の八仙楼と村をつなぐ渡し船は楼閣側に繋がれていて、泰隆を殺した後戻ってくる手段がありません。まあ、水上を走る「内功」の技は「楽祥纏」と「紫苑」は習得しているのですが、紫苑は宴会中に飲んだ酒に仕込まれた毒によって、「楽祥纏」は得意技が異なるため、楼閣までは渡る力がなく、といった筋立てで、この「八仙楼」が密室状態になっているわけです。

さて、師父・泰隆が殺された理由と犯人をつきとめるため、弟子の「紫苑」がにわか探偵となって推理を始めるのですが・・といった筋立てです。
殺人の犯人候補となる人物も限られている、密室殺人事件の典型的なミステリーなのですが、被害者の弟弟子で「剛」の技の持ち主(蔡文和)、被害者の妹弟子で、宋国内で多くの「人気飯店」を経営している、暗器の使い手(楽祥纏)、3000人を超える僧兵軍団のリーダー(為問)といった「奥義」の継承者候補として招待された人物や、料理好きのフワフワ女子とみえて、兵法から軍学まで師父によって教え込まれている紫苑の想い人・恋華とクセのある人物が集まっているので、犯人を見つけ出すのはかなり難航していきます。

そして、紫苑の推理は、師父・泰隆を殺した人物と腹に匕首を突き立てた人物が異なることを見抜き、泰隆の本当の死因を突き止めていくのですがその過程で、今回の殺人が単なる「奥義」の継承争いではなく、女真族に攻め込まれ、開封から南方の「臨安」に遷都し、さらに金国と和睦した「南宋」が平和を保つために犠牲にした人々の恨みや、「金」国と「南宋」をすべて自らの版図に収めようとするモンゴルの鉄木仁の野望など、当時に複雑な政治情勢が浮かび上がってくることになります。

師父から「奥義」の継承を拒否された紫苑の推理とともに、登場人物たちの複雑な人間関係が作り出す物語の陰影が、読み応えのある異国風味の「中華ミステリー」仕立てとなっています。

レビュアーの一言

中華ミステリーといえば、オランダ人外交官ヒューリックよるディー(狄仁傑)判事シリーズや、日本人作家のものでは、伴野朗さんの、阿部仲麻呂や李白が探偵役となる「長安殺人賦」といった名作があるのですが、謎解きの緻密さではそれらに匹敵するのが本作です。
さらには、南宋の片田舎に独居する世捨て人の武術家の殺人事件とみせかけて、南宋の宮廷を揺るがし、南宋人を虐げた「金」への復讐を企み南宋愛国者の政治ドラマとしての面白さもあるという欲張りな一品となってます。そして、この当時の政治情勢を少し頭にいれておくと、物語の深みがどんと増してくるので、ざっくりと陳舜臣さんあたりの「中国史」本でざっくりと事前勉強しておくのがおすすめです。

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