オーダーメイドレストランには「謎」がいっぱい ー 斉藤千輪「ビストロ三軒亭の謎めく晩餐」

東京の三軒茶屋の茶沢通りから路地裏に一歩入ったところにある、小さなレストラン「ビストロ三軒亭」は、決まったメニューというものがなく、客が好みや希望をギャルソンに伝えると、」シェフがそのテーブルだけのオリジナルコースをつくってくれるという、「オーダーメイドレストラン」。

そんなユニークなレストランに勤務する新米ギャルソン・神坂隆一を主人公にして、店の客が関係する様々な出来事や揉め事の謎を解き明かすミステリーと、その過程で成長していく俳優志望の主人公の姿を描いたのが本書『斉藤千輪「ビストロ三軒亭の謎めく晩餐」(角川文庫)』

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグ
1 entrecôte 〜アントルコート〜
2 Dinde aux Marrons 〜ダンジョーマロン〜
3 raclette 〜ラクレット〜
4 La quiche lorraine 〜キッシュ・ロレーヌ〜
エピローグ

となっていて、主人公の隆一は、所属していた劇団が解散しニート生活を続けていたのだが、姉・京子の企みで、この「ビストロ三軒亭」に食事に連れていかれ、その流れで、ギャルソンとして雇われることになる。その三軒亭、決まったメニューがないというのもユニークなのだが、従業員も、屈託のない明るさとルックスと話術で女性に人気のギャルソン・岩崎陽介、色白で端正な顔立ちをしてお客の健康チェックから食材の栄養知識をもとにしたメニューのアドバイスをするギャルソン・藤野正輝、格闘家のような体型をしながら喋るとオネエ言葉のソムリエ兼バーテンダーの室田、クリスティのポアロものの大ファンで、客のオーダーに対応して料理をつくる名シェフ・伊勢、と個性派ぞろい、という設定。

まず第一話の「entrecôte 〜アントルコート〜」はケーキ箱を持参して店にやってきた高野雅という若い女性客に関するお話。店でオドオドした感じがあったので、フランス料理初心者か、と思いきや、ステーキは「ブル」で、とか、ワインのラベルのことを「エチケット」と表現するなど、彼女のサーブについた新米ギャルソンの隆一が驚くほどフレンチには詳しい。そんな彼女なのだが、料理が出ると「ライダウ」という謎の言葉を喋ったり、ギャルソンが側にいるのを嫌がっていて、隆一はそんな機微に気づかず、彼女の機嫌を損ねてしまう。入りたての店での失敗に落ちこむ隆一であったが、彼女は数日後、再び来店し、予約を入れてくれて安堵しているところに、シェフの伊勢が、次の予約のときは、彼女に持っている「ケーキ箱」の持ち込みを禁止する。いったいなぜ・・・といった展開である。
ネタバレを少しすると、ケーキ箱に入っているのは「ケーキ」とは限らない、というところ。

第二話の「Dinde aux Marrons 〜ダンジョーマロン〜」は隆一の姉・京子と彼女の後輩の岬という女性の話。この二人は学生の頃から中がよくて、京子がCA、岬が旅行エージェントになってからもちょくちょくあって食事をする仲である。今回も連れだって「三軒亭」にきていたのだが、京子のクラッチバッグがトイレで他の客が間違えて持っていってしまうというトラブルが起きる。そのバッグには、京子が合コンで知り合った老舗の若社長からもらったダイヤのネックレスも入っていて、という展開。予想に反して、ネックレスの盗難・紛失事件にはならないのだが、これを巡って、岬が押し隠していた京子への反感が噴出して大騒ぎになるという筋立てである。最終的には「雨降って・・」の諺通りになるのだが、仲直りのきっかけが「ダンジョーマロン」=「七面鳥の栗つめ」から連想されたパリの焼き栗というのは、CAと旅行エージェントらしいものですね。

第三話の「raclette 〜ラクレット〜」は、大きなチーズの塊をグリルで温めて、溶けたところを削いで、バケットや野菜絡めて食べる料理「ラクレット」の創作料理を、「三軒亭」の三周年記念で。隆一、陽介、正輝の三人のギャルソンが競い合うことになるのだが、その審査員として喚ばれた三人の大食い自慢の女性に関するお話。料理対決が進む中、陽介が鶏ハムの塩抜きに失敗してひどくしょっぱい料理を出してしまう。ところが、審査員の一人、芙美子は一人だけその料理が美味いという評価をする、どうやら彼女は味覚障害になっているらしいのだが、その原因は?、そしてその解決に隆一たち三軒亭のメンバーが乗り出すのだが・・、という展開

第四話の「La quiche lorraine 〜キッシュ・ロレーヌ〜」は三軒亭のシェフ・伊勢に関係するお話。
黒いパグを連れた一人の女性が三軒亭を訪れ、「キッシュ」を出しているかどうか聞いてくる。「キッシュ」は三軒亭では出していないことを伝えると、今度はシェフの名前を聞いてきて、「伊勢」の名前を聞くと逃げるように立ち去ってしまう、という出来事がおきる。そのパグと女性のことをシェフ兼オーナーの伊勢に告げると、伊勢は血相を変えて店を飛び出し、「マドカ」と叫びながら、女性を探し始める。
結局、女性は見つからなかったのだが、その後、伊勢はメニューを間違えたり、料理を失敗したり、とありえないミスを繰り返すようになる。「マドカ」とは一体誰なのか、そして伊勢との関係は・・、ということで、三軒亭のギャルソン三人が「マドカ」探しに奔走する展開。ご想像どおり、「マドカ」は伊勢の昔の恋人なのだが、黒のパグを連れた女性が「マドカ」なのかどうかは原書で確認してくださいね。

【レビュアーから一言】

本書の主筋は、三軒亭のお客に関連する謎解きなのだが、それと並行して、俳優志望の「隆一」の「天職」探しの物語が展開されていく。

はじめはアルバイト気分であった「ギャルソン」という仕事の面白さに隆一がだんだんと変わっていく様子とあわせて読み進むと、ミステリー風味だけでなく、若者の成功物語の味もしてきて、一段と本巻の味わいが深くなりますよ。

ビストロ三軒亭の謎めく晩餐 (角川文庫)

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