古代の大反乱者・両面宿儺の秘密には「友情」が隠れていた=「両面宿儺の謎 櫻崎教授の災害伝承講義」

ひきこもりの推理小説家と歴史を専攻している大学生が取材旅行へでかけた九州で「河童伝説」をテコに隠れキリシタンの謎を解いていく「がラッパの謎」で、「このミス大賞」の「かくし玉」を受賞した筆者が、民俗学と不動産鑑定を底ネタにして、日本各地の「地名」に隠された秘密を解き明かしていく民俗学ミステリーのシリーズが『久真瀬敏也「櫻崎教授の災害伝承講義』シリーズ(宝島社文庫)です。

主人公は、「梅沢萌花」という都内の大学に通う法学部の学生。彼女が「新地名に隠された危険な旧地名」や「伝承や神話に登場する怪物の正体」といった「災害伝承」の講義で、マスコミにもてはやされている「桜崎俊也」准教授や、彼の実姉で不動産鑑定士をしている桜崎椎名に日本各地の地名に隠された災害などの伝承を明らかにしていく筋立てとなっています。

今回はその第一作となる「両面宿儺の謎 櫻崎教授の災害伝承講義」(宝島社文庫)をレビューいたします。

あらすじと注目ポイント

構成は

予習 三つの「風」
第一講義 桜が丘と桃太郎
第二講義 河童と人柱
第三講義 両面宿儺の真実
復習 両面宿儺の復讐

となっていて、プロローグのところでは、まだ高校生であった「萌花」が、テレビ出演している「桜崎俊也」へ憎悪をむき出しにしている場面から始まります。彼女は、大好きだった従兄が見つけ出した「両面宿儺の正体」を桜崎が横取りしたと考えていて、その後肺癌で急死した従兄に仇をうつために櫻崎に接近し、論文盗用の証拠をつかもうとすのですが、というのが第一巻の底流となっているので覚えておきましょう。

第一話の「桜が丘と桃太郎」はシリーズ冒頭話として、萌花がいかにして桜崎准教授に接近し、その姉・櫻崎椎名と知り合ったか、がわかります。ここのところで法学部生である萌花が、不動産鑑定士である椎名と知り合うことによって日本各地の地名の秘密を明らかにしていくこととなる経緯がわかってきます。

で、第一話では、萌花と桜崎が通っている清修院大学のある「聖蹟桜が丘」の地名のいわれに、災害とか隠しておきたい過去の惨事とかがあったのかどうか、や、桃太郎伝説に隠された「不妊治療」の痕跡、など、シリーズ幕開けらしく、ふんだんに「地名の秘密」が披歴されています。

第二話の「河童と人柱」では福岡県にある「久留米市」と東京都の「東久留米」との共通点と違いがまず明らかにされていきます。「久留米」という共通の名前をもちながら、筑後川の氾濫による水害に悩まされてきた「久留米市」と武蔵野台地の高台にあった水害とは縁のなかった「東久留米」と、地名と語源を共通にしながらも、地形が全く異なる理由が明らかにされ、ここで、いわゆる「危険地名」「災害伝承」を軽々に取りざたする危うさが見えてきます。

そして、河童伝承が、子供を淵に引きずり込む恐怖譚から、自然保護のシンボルになっていった経緯と、利根川の「人柱伝説」に隠された真実が明らかにされていきます。

そして、後半部分の第三話と最終話では、萌花の従兄が見つけ出し、桜崎が盗用したと萌花の信じている「両面宿儺の秘密」が明らかになってきます。

ちなみに、「両面宿儺」は古代の仁徳天皇の時代に飛騨に現れたという、八本の手足に前後両面に顔を持つという異形の人物で、大和朝廷の命に従わず反乱を起こしていたのですが、朝廷の派遣した武振熊命によって討ち果たされた、とされています。

一般的には、大和朝廷に従わない地方勢力とその征服をシンボライズしたものといわれているのですが、萌花の従兄は、これを日本各地の山間地に根拠地をもち、武具や農具の製造と輸出で大きな勢力をもっていた「製鉄民」で、鉄鉱石から鉄を抽出するときに燃やす薪炭の不完全燃焼によるダイオキシンが長年、蓄積して生じた奇形児で、この「公害」の発生地を封印するため、朝廷が大軍を派遣して製鉄民を滅ぼしたと推理していたのです。

この説を桜崎が盗用し、彼が大学教官の地位とテレビの人気を得る手段としたと萌花は考えているのですが、実は、そこには従兄の自らの病気と生い立ちに由来し、所沢市でおきたマスコミによる公害の風評被害事件の典型といわれる「ダイオキシン報道事件」による教訓が隠されていて・・という筋立てです。

この後、この「両面宿儺」の民のその後が、戦国時代に登場し、その大出世が今でも多くの物語で語られるある人物とかかわりがあることを萌花が推理し・・と展開していきます。

レビュアーの一言

新興の住宅造成地の旧地名が過去に起きた災害の伝承を示していた、など、最近多発する水害や津波被害に関連して喧伝されれることが増えているのですが、この物語はそれを逆手にとって、素人判断で「災害地名」を判定する危うさをあぶりだす、ユニークな視点の地名ミステリーとなっています。

若干、主人公の「萌花」が浮ついたところも多くて、性格的に「薄っぺらい」感じがするのが気になるところなのですが、次々と展開される「地名に隠れている秘密」の奔流で帳消しにしている感じですね。猟奇殺人やサイコ殺人といったグロい犯罪ミステリーが苦手な人におススメの、一風変わったミステリーです。

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