道真は美しい「椿の精」の謎を解き明かす ー 灰原薬「応天の門 11」

藤原北家と微妙な関係にある在原業平とつるみ始めたといっても、業平の検非違使の長としての事件捜査の謎解きといった関わりまでで、政治向きのことからは離れたところにいられた道真なのだが、そろそろそんな訳にもいかなくなったな、という気配が漂い始めるのが今巻あたりから。

【構成と注目ポイント】

構成は

第五十七話 菅原道真、山中に椿の怪をみる事 一
第五十八話 菅原道真、山中に椿の怪をみる事 二
第五十九話 菅原道真、山中に椿の怪をみる事 三
第六十話 大路に髪切る鬼の現わるる事
第六十一話 菅原道真、盗人に疑わるる事 一
番外編 天女に魅入られたる男の事

となっていて、第五十七話から第五十九話の「菅原道真、山中に椿の怪をみる事」は、前巻で道真の実家に押しかけてきた、反・藤原北家の旗手である大納言・伴善男が道真に依頼事を持ちかけてくるところからスタート。
依頼事というのは、知り合いの貴族の若者が、木に精を吸われて衰弱してるので、その者にあって助言してくれ、というもの。

もちろん、伴善雄の依頼であるので「裏」がないはずもなく、道真が引き合わされるのは、時の天皇・清和天皇の兄の「源能有」。

帝の兄でありながら即位できず、臣下である「源」姓となっているのは、生母の身分が低かったためらしい。本書では世の中から見捨てられた感じで描かれているのだが、清和天皇から宇多天皇の四代の天皇に仕え、右大臣まで出世して、政治家として辣腕をふるっていますね。菅原道真と親しかったというも史実のようですね。

で、今回の「怪」というのが、夜な夜な「椿の精」が源能有のもとに忍んできて、

とまあ、「ごにゅごにょ」といたすというものなのだが、この正体が、能有の奥方がたくらんだもので、実は・・・といった展開。

この源能有は藤原基経からも評価されていたらしく、彼の娘を奥さんにしている。この物語で登場する彼の奥さんも「名家の出で上昇志向が強い」という設定なのだが、名前が「滋子」となっているので、どうやら基経の娘その人っぽいですね。

そして源能有は、藤原基経の死後、当時の「大臣」の源融や藤原良世などが高齢であったため、政権を牛耳るのだが、そこの根源は、

といったようにこの頃からすでに心の中に潜ませていたのかもしれないですね。

そして、伴善雄や在原業平に、「政治とは関わらない」と強硬に言い張る道真に対して、

という場面に続いて放つ言葉は、才能あるがために、本人の意思に関係なく否応なく政争の渦に巻き込まれて翻弄される運命にどう立ち向かうか、を道真に投げかけるもので、次巻以降のテーマとなりそうなのだが、詳細は原書で。

第六十話の「大路に髪切る鬼の現わるる事」は、ちょっと箸休めの感のある話で、主人公は菅原家の書庫番兼女官の「白梅」。
最近、何やら色気づいてきている気配の彼女が、

という髪を切る鬼女と疑われることになります。彼女は疑いを晴らすために、検非違使庁で、被害者との面通しをすることになるのだが、彼女が疑惑を持たれたのは

という風貌のせいなのだが、犯人を見た彼女はかなりショックであったでしょうな。そして、「色気づいた」と思われた真相も、かなりオタク少女っぽいものですな。

最終話の「菅原道真、盗人に疑わるる事」では、道真が硯の強盗殺人犯の疑いで検非違使に連行されます。

詳細は次巻に続くのだが、ちょっと大事件になりそうな気配ですね。

【レビュアーから一言】

「大路に髪切る鬼の現わるる事」では、いろんな人の恋文やその返事やらを、紙や筆跡を変えて創作して、疑似恋愛を愉しむという白梅の不思議な趣味と技術が明らかになるのだが、こういった白梅のような「忘れられた女流作家」がもっとたくさんいて、彼女たちの書いた「物語」の蓄積が源氏物語につながったのかも、と本書中のコラムで推理がされている。
案外に、蓄積というよりは、源氏物語自体が、紫式部一人で書かれたものではなくて、紫式部という編集長のもと結成された「源氏物語」工房みたいなのがあって、そこに白梅のような「妄想少女」が集まって創作していた、ってなことかもしれないですね。

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