交番勤務のへらへらしたお巡りさんが見抜いたのは児童遺棄事件に隠れた偽装誘拐の真実=降田天「朝と夕の犯罪」

神奈川県の地方都市で小京都と呼ばれる神倉市の駅前交番には、表情にも口調にもしまりがなく、髪も警察官にしては長くて、どこかしらへらへらした軽薄な感じを与える「狩野雷太」という警察官が駐在しています。

    駅前交番を訪れる容疑者たちは、彼の風貌に惑わされ、いつの間にか、自分の犯罪を丸裸にされていて、といった感じで展開する倒叙系の「交番ミステリー」の第2弾が本書『降田天「朝と夕の犯罪」(角川書店)』です。

本書の紹介文によると

狂言誘拐が招いた悲劇。その裏で兄弟が仕掛けた大勝負とは。犯人は明らかなのに、なぜ真相がわからない?謎が謎を呼ぶ事件の真実は。彼らが守りたい秘密は。

とあって、十年前に起こした誘拐事件を発端に、事件の首謀者と協力者、そして、誘拐された被害者が起こした児童遺棄事件の陰に隠されていた謎を、容疑者を自殺させてしまったことで、町の交番勤務となっている「警察官」らしくない「お巡りさん」狩野雷太のへらへらした風貌に隠された鋭い推理が解き明かしていきます。

あらすじと注目ポイント

まず第一部では、アサヒとユウヒという兄弟が十年ぶりに再会するシーンから始まります。二人は父親に連れられて日本中を車で放浪していた少年時代を過していて、その父親が車の炎上事故で死んだあと、アサヒは父親と離婚し、現在は大きな歯科医院を経営している歯科医師と再婚した母親のもとへ、ユウヒは九州に住む本当の父親のもとへ引き取られた、という過去をもっています。ついでにいうと、アサヒは自分が車のガソリンタンクに混入した砂糖のために、車が炎上したのではという疑いをもっていて、それがトラウマとなって現在まで続いているようですね。

そして、父親の事故死後、ひさびさに再会したユウヒが提案してきたのが、県会議員で次の横浜市長選挙に立候補する松葉由季という男性の長女・美織を誘拐して、一千万円の身代金を脅し取る計画を一緒に実行しようと誘ってきます。ユウヒが関わっている児童養護施設が倒産しかけていた、その運営資金に使いたい、ということで、胡散臭さは感じつつも、アサヒは現在の四角四面で、息苦しい家庭から逃れるために、その誘いにのることにします。

実は、この誘拐事件は、誘拐される「松葉美織」も承知している偽装誘拐で、彼女によると市長選挙が娘の誘拐というスキャンダルによって悪影響を受けるのを嫌う松葉夫妻は、すんなり金を出すはずだということです。最初、犯人から身代金の運び役に指名されていた由孝に代わって「運び役」となったアサヒは、誘拐犯を演じるユウヒの指示に従いながら、警察の目を誤魔化し、まんまと身代金を確保するのですが、そこで思ってもみない人物の裏切り行為が起きて・・という展開です。

第二部は、それから八年後に時間が飛びます。神倉駅前交番に勤務する狩野雷太のところへ、アパートの一室から異臭がするという訴えが入ります。狩野が部下の月岡とともに、その部屋に入ると、部屋の中には、下着一枚しか身に付けておらず、骨と皮ばかりとなった男の子と女の子が倒れていて、女の子のほうはすでに腐敗が始まっている、という凄惨な児童遺棄事件です。事件発覚の翌日、子どもの母親が確保されるのですが、始めは偽名を使われていてわからなかったのですが、捜査を進めると、彼女は、第一部の誘拐事件の被害者で、事件後、入院していた病院から失踪した「松葉美織」であることが判明します。

そして、生き残った男の子・夕夜は児童福祉施設に入所し、母親の美織は警察署でそれぞれ事件の状況を聴き取りされていくのですが、そんな中、美織の実兄で、誘拐事件後、引き籠りになっている実兄・由孝が実家のリビングで母親の塔子によって包丁で頸動脈を切られて殺されるという事件がおきます。

松葉由孝が殺された原因は、彼の家庭内暴力だ、と母親の塔子は主張するのですが、現場の様子から、狩野と今巻の捜査の相棒・烏丸は不審なものを感じ、越権的なところもあるのですが捜査を続けます。

そして、誘拐事件後、雑誌記者となっているアサヒこと小塚旭にゆきあたり、彼と美織の供述から、8年前の誘拐事件が偽装であったことと、「ユウヒ」の今の姿をつきとめるのですが、その先に、なぜ偽装誘拐事件が企まれ、事件後、美織が失踪したのかというところには、二人の兄弟が守りとおそうとした、ある暗い秘密が隠されていて・・と物語が展開していきます。

二重三重に練り込まれたような謎を。狩野雷太が一枚一枚、薄皮を剥ぐように明らかにしていく様子は、妙な爽快感がありますね。

レビュアーの一言

「子どもの虐待死」をテーマにしたミステリーは、辻堂ゆめさんの「トリカゴ」も印象に残る作品なのですが、今巻「朝と夕の犯罪」はまた趣向の違ったミステリーで、ダブルの児童虐待事件と偽装誘拐事件を組み合わせた作者の手練は見事なものがあります。

そして、暗い事件を扱ってはいるのですが、読後感がざらついてこないのは、遺棄されながらも生き残った夕夜と同じ児童福祉施設に入所している「千夏」ちゃんの夕夜を心配する心遣いの数々にあるのかもしれません。エピローグっぽいところで、狩野雷太や烏丸とともに新幹線で「夕夜」が事件後に移住した、祖父と暮らす田舎町を訪ねるあたりは、泣かせるシーンでありますので、謎解きの読後感と一緒にしっかり味わってくださいな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました