若だんなは「姫神」さまの劣等感を解消する ー 畠中恵「うそうそ しゃばけ5」

祖母・ぎんが実は大妖「皮衣」で、その血筋のせいか妖怪の姿を見ることができる病弱な廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎と、彼を守るために祖母が送り込んだ妖「犬神」「白沢」が人の姿となった「仁吉」「佐助」、そして一太郎のまわりに屯する「鳴家」、「屏風のぞき」といった妖怪たちが、江戸市中で、一太郎が出会う謎や事件を解決していくファンタジー時代劇「しゃばけ」シリーズの第5弾が本書『畠中恵「うそうそ」(新潮文庫)』。

いままでは、江戸・通町の長崎屋を舞台にした短編が主であったのだが、今巻は、箱根を舞台にした長編となってます。

【構成と注目ポイント】

構成は

一 江戸通町
二 塔之沢
三 芦ノ湖
四 東光庵薬師堂
五 箱根神社
六 地獄谷

となっていて、まずは、江戸通町にある廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の離れで、地震に揺れで若だんな・一太郎が飛び起きるところから開幕。ただ、今回の幕開けで不穏なのは、闇の向こうで「邪魔だよ・・・若だんなが・・」や「長崎屋の若だんなは、居ちゃあいけないんだよ」「どうしても要るんだ。・・あの者が・・・持っている。長崎屋の若だんなが・・・」といった声が交錯するところで、こういう形で読者を「謎」の中に引き入れていくところは、作者の手練の技が垣間見えるところですね。

で、話のほうは、地震の揺れで落ちてきた大きな漆塗りの虫かごで怪我をした若旦那をこのまま江戸で治療させておいたほうがいいのか案じた母親の「おたえ」が庭の稲荷神社に伺いをたてたところ、湯治にやったらいい、という御神託がでたせいで、急遽、江戸から近い、箱根へ湯治に出かけることとなります。ここらはかなり、いい加減に話がまとまっていくのだが、まあよしとしておきましょう。
そして、この湯治の旅に出たはいいのだが、小田原ヘ向かう船(普通なら徒歩で行くのだろうが、病弱な若だんなのために弁財船をチャーターしたらしいですね)の中で、佐助と仁吉は行方がわからなくなってしまうし、塔之沢の一之湯につくと、ひとっ風呂も浴びないうちに、二人連の侍たちに誘拐されて・・、といった感じで展開。さらには、誘拐された若旦那を狙って「天狗」たちも襲ってきて・・ということで、護衛の「兄や」たちが不在な中で、若だんな・一太郎と松之助、そして家鳴たちの争奪戦が巻き起こる、という筋立てです。

一太郎たちをつけねらうグループのうち、侍二人組の目的は、長崎屋が所有しているらしい、珍しい「朝顔」の種を、幕府のお偉方への賄賂がわりの贈り物にするために譲ってもらう人質に使おうというもの。この朝顔は、一太郎が、祖母の「おぎん」こと大妖・皮衣の知り合いの見越し入道から贈られたもので、下界にはない貴重品なのだが、変種ゆえ種が取れなかったものらしい。このため、彼らの藩から譲ってくれという要請を断ったのだが、種を出し惜しみしている、と誤解して今回の誘拐につながったようですね。
もう一組の天狗たちの事情はもっと複雑かつ凶暴で、彼らの使える「姫君」が一太郎のことを嫌っているため、彼を江戸へ追い返すか、いっそのこと殺してしまおう、というもの。実は、彼らは本当の「妖」で、彼らの使える姫君というのは、箱根の山神の娘。しかも、以前、その娘が「人間界」にいた時、村人たちが彼女を龍神の生贄に差し出そうとして、山神が大激怒し、芦ノ湖が半分埋めてしまった、といういわくつきである。今回も、姫君のご機嫌が治らないと、再び大惨事がおきるのでは、という心配から、若だんなたちを襲う暴挙にでた、というものである。
しかし、この2グループの動きだけで収まらないのが、このシリーズのよいところで、侍二人組と以前同じ藩にいた箱根の雲助が絡んできたり、姫君が天狗たちの暴挙に怒って、家出して若だんなたちに合流しったり、と複雑に絡み合っていくのだが・・・、といった展開である。

若だんな・一太郎が、持ち前の「ふぁっ」とした人柄で、姫神と仲良くなっていったり、佐助・仁吉と天狗や侍二人組とのバトルがあったり、といつもの「しゃばけ」シリーズでは味わえないシーンもふんだんにあるので、しっかりご堪能ください。

【レビュアーから一言】

今回、若だんなが湯治に出かける「箱根」なのだが、江戸時代から温泉場、湯治場として有名で、箱根湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、芦之湯、底倉、木賀という「箱根七湯」はその湯治からあったようですね。ただ、湯治は温泉掘削の技術が未熟だったため、「湧湯」であったようです。さらに、一太郎が稲荷神社の御神託で勧められる「湯治」は、7日間を1セットとして、3回転。合計21日間が基本形であったようですから、かなり裕福で、余裕のある階層でないとできない「贅沢」なものであったようです。「日帰り温泉」とはちょっと格が違うようですね。

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