畠中恵「ときぐすり」=麻之助は町名主見習いに精勤するが、亡き妻のことは忘れられない

江戸・神田の8つの町を支配町としている町名主の高橋家の惣領息子で、16歳を境に生真面目で勤勉な、両親や周囲の期待も集めた若者から、突然、「お気楽」な若者に転じてしまった麻之助を主人公に、彼の友人で同じく町名主の息子で遊び人の清十郎、武家の生まれで八丁堀の同心の家に養子に入っている相馬吉五郎といったサブキャストとともに、支配町でもちあがる様々な揉め事を調整し、解決していく、江戸風コージー・ミステリーの「まんまこと」シリーズの第4弾が本書『畠中恵「ときぐすり」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「朝を覚えず」
「たからづくし」
「きんこんかん」
「すこたん」
「ともすぎ」
「ときぐすり」

となっていて、第一話の「朝を覚えず」は、前巻の最後で、愛妻の「お寿ず」を亡くして意気消沈している「麻之助」の姿から始まっています。妻の又従兄弟にあたる「おこ乃」をお寿ずと見間違ってしまうほどの重症なのですが、ここはシリーズの後に向けての伏線かもしれません。

ショックのために不眠が続いている麻之助に対し、町名主の補佐をするために、支配町内の家主が交代で務める月行事の今月の当番・角兵衛と麻之助の悪友で、町名主を務める清十郎が相談事を持ち込んできます。なんでも、最近、清十郎の支配する町内に若い医者が越してきたのですが、彼が販売する眠り薬を飲んで死んでしまったと訴えてくる人が数名でてきているとのこと。そして、縁談がまとまりかけている丸屋の次男坊が、その薬を飲み、眠りから覚めなく鳴ったという事件がおきます。その薬を売った医師は、大名のお抱え医師を務める師匠の医師のところへ往診の手伝いと称して逃げ込んでしまい・・という筋立てです。眠り薬の人体実験を実際の患者の体で試したのでは、と疑う麻之助の尋問を頑として肯定しようとしない医師に、麻之助のとった方策は、といった展開です。

第二話の「たからづくし」では、麻之助の悪友の清十郎が突然、雲隠れしてしまいます。清十郎は、親戚筋から見合い話をたくさん持ち込まれていた時に、厠へいくふりをして家を飛び出してしまったのですが、彼の行方探しが麻之助と吉五郎にもちこまれてきます。
らだ、これと同時に二人には唐物屋に入った盗人の捜査や、高利貸の丸三が見初めた娘さがしや、月に三度、両国の盛り場を通って回向院へ寺参りしている武家娘に、両国でホスト稼業をしている「貞」たちが声をかけても無視されて面目を失いそうなのでなんとかしてくれ、といった頼み事が重なって錯綜していきます。しかし、これらの話は実は互いに関連していて・・という展開です。

第三話の「きんこんかん」は、両国で菓子の出店を開いている美人で売れっ子の茶屋娘、「おきん」「お紺」「お寛」の三人の娘、人読んで「きんこんかん」の小町娘たちが、堅物で、女っ気の全く無い、同心見習いの相馬吉五郎にこぞって媚を売ってきて・・という展開です。この小町娘たちには「貞」たち両国のホストグループ内にもファンが多いのと、吉五郎は相馬家に養子に入っている身の上で、その家の一人娘「一葉」と後々祝言をあげる予定になっているので、仮に他所の女に色目をつかったとなると養子縁組を解約されるおそれもあって・・という筋立てです。

第四話の「すこたん」は、高橋家の支配町内にある瀬戸物問屋・小西屋と茶問屋・増田屋の間の、菓子には皿と茶とどちらが大事か、というある意味くだらない喧嘩の裁定を麻之助と、町名主の宗右衛門が交代で務めることとなります。しかし、二人がどんな裁定を下してても、両家の争いは激しくなる一方で、ついには嫁取りの「持参金」の金額比べにまでエスカレートし、ついにはある富商の娘をどちらの家の息子が射止めるかという争いなってしまいます。
その娘、嶋屋の「緒すな」は、両親が年取ってからの娘で疱瘡の跡が少し残ったことを不憫がった両親と兄弟が甘やかして育てたため、ひどくワガママな娘に育っているのですが、この見合い話の裁定の時、貞たちホストグループを大層怒らせてしまって・・という展開です。

第五話の「ともすぎ」は再び、麻之助の幼馴染の相馬吉五郎に関する醜聞の調査です。前巻までで知り合いになった高利貸の「丸三」が吉五郎が、高価で、贈答に使われるのが通栄の高級菓子店に出入りしていり、奉行所の御用でも事件を担当していないのに、忙しげに姿を消す、という評判がたっている、と麻之助のところに相談にやってきます。
最近、出世するための賂を上役にわたすため、市中の高利貸から多額の借金をしている武家がいるという噂もあって、吉五郎がその噂と関連しているのでは、と疑った麻之助たちが吉五郎の動きをつけます。すると、彼は番町の武家屋敷の中にある徒目付の屋敷に入っていき・・という展開です。その屋敷内には若い武家娘がいて、と女性が苦手な吉五郎らしくない恋バナが疑われる展開ですね。

第六話の「ときぐすり」は、麻之助が関東あたりで盗賊の下働きをやっていた「滝助」という若者・滝助の更生を助ける話です。盗賊の多くは捕縛されたのはいえ、残党が江戸へ逃げ込んでいるので、残党から身を隠しながら生計をたてるため、麻之助は支配町にある長屋の跡継ぎの一人息子を亡くしたばかりの袋物職人・数吉のところへ飯炊きとして雇ってもらいます。
徐々に馴染んでいく滝助だったのですが、盗賊の残党が彼の住処をつきとめ、数吉が店を出すために貯めている金を、江戸脱出の軍資金として奪おうとやってくるのですが・・という展開です。
この話の表題の「ときぐすり」は正式には「時薬」と書いて「じやく」と読み、お坊さんが午前中に食べていいものを意味するのですが、この話では「ときぐすり」と読ませて、もっと粋な解釈を与えているのですが、詳しくは原書のほうで。

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レビュアーの一言

今巻の「すこたん」ででてくる富商のワガママ娘「緒すな」が幼い頃にかかった「疱瘡」つまり「天然痘」は日本には大陸から6世紀ごろに伝わってきて、日本国内に定着し、以後、何度も流行を繰り返していて、日本における感染症の代表例になっています。
また、疱瘡を伝播させる疱瘡神は「赤いもの」を嫌うという民間伝承から子供や患者に赤い衣服を着せたり、疱瘡神を避ける「組屋六郎左衛門の呪符」など、生活習俗にいろんな影響を残しています。

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