死者の「最期の一品」にまつわる謎を解け ー 伽古屋圭市「冥土ごはん 洋食店幽明軒」

ミステリー

職を失って路頭に迷いかけていた二十一歳の若者・和泉沢悠人が、コインランドリーに出かけた帰り道、道に迷った路地でデミグラスソースの匂いにつられて思わず入ったのが、「幽明軒」という洋食レストラン。
そこで食べた「オムライス」をきっかけに、その店でアルバイトをすることとなったのだが、なんと、その店は現世に思いを残した「死者」がやってくるレストランだった、といった感じで展開するのが『伽古屋圭市「冥土ごはん 洋食店幽明軒」(小学館文庫)』です。

【構成と注目ポイント】

構成は
第一話 別れのライスオムレツ
第二話 親父とナポリタン
第三話 マカロニグラタンの暗い夜
第四話 コーンポタージュの主役
第五話 焼け跡のハンバーグステーキ

となっていて、第一話の「別れのライスオムレツ」は、ホームレスになりかけていた主人公・和泉沢悠人が、「幽明軒」でアルバイトを始めるところからスタートするのですが、勤め始めて数日後、閉店後、フロアの清掃をやっているとき、急に店の気温が下がり始め、

入口の扉が、青白い光をまとって奇妙に揺れている。そして閉じたままの扉から、滲みでてくるように、人の手が、足がずるり、ずるりと突き出てくる。やがて、顔が、身体が、姿を現す

といった感じで、「死者」が現れるという不思議な出来事が始まります。店のオーナーも奥さんによるとこの店は「人生の最期に訪れる、幽冥(かくりよ)と顕世(うつしよ)を繋ぐ洋食店」で「お好きな洋食を一品」注文することができる店であるようです。

第一話で訪れるのは、大正の終わりに亡くなった二十一歳の「中野珠代」という娘さんで、橙の地に、色とりどりの紅葉が描かれた艶やかな着物を着た、目鼻立ちの整ったきれいな女性です。彼女は小さな商家の娘さんだったのですが、華族の出身の男性と恋仲になるのですが、彼に金持ちの娘との縁談が持ち上がります。どちらの娘と結婚するのか結論を出さないまま、その彼に銀座の洋食店で大事な話があると呼び出されます。そこのレストランの絶品の「ライスオムレツ」を食べてもらい、大事な話をしたい、ということなのですが、残念中がその店はその日、臨時休業。他の店でもいい、と珠代さんは言うのですが、彼はこの店でないとだめだと言い、さらに、日を変えてまた会いたい、と言いはります。ここで大喧嘩して通りに彼女が飛び出したところで車にはねられて命をおとしてしまっやた、という経緯です。

で、彼女が注文したのは、その「ライスオムレツ」なのですが、最初、「オムライス」をサーブした店のオーナー・九原脩平は、注文を間違えたと言って、オムライスとは全く別物の「具材を混ぜた炒め飯」のような料理を出し、彼女の恋人の真意を伝えるのですが・・・といった展開です。

第二話の「親父とナポリタン」は平成11年に亡くなった、中年のおじさんが訪問客。彼が注文したのは、喫茶店ふうのナポリタン。

噛みごたえのない徹底してだらしない麺と、対照的にしゃきしゃきしたピーマンの歯ごたえ。いつまでも口内を満たすケチャップのしつこさ。ウィンナーの頼りない弾力とチープな肉感。タマネギに残るかすかな辛み。それらの食材がばらばらに自己主張して、まるでハーモニーを奏でないB級感

という、かつての日本の「高度成長時代」を代表するようなメニューです。

彼は死んだ日、喧嘩して絶縁状態になっていた息子から「親父はナポリタンみたいなもの」と言われたのが注文のきっかけのようですね。彼は、集団就職で大阪にでた後、大手の鉄鋼関連会社の経理マンとしてがむしゃらに働いていたのですが、バブルの崩壊でリストラされたという当時の気の毒な中高年サラリーマンの典型です。息子のほうは、企業に入って「安定」した仕事をしろと言う父親に逆らって、料理人となり、今では3軒のレストランオーナーになっている、という設定で、絶縁状態を解消しろと奥さんに厳命されて、やむを得ず会った息子から、さきほどの言葉を言われ、情けなくなっての帰り道に、ビルの屋上から転落死した、ということです。
息子の「ナポリタンみたい」という言葉の真意と、その後の息子のレストランがさらに飛躍したきっかけが、この父親の転落死と結びついてくるオチが見事です。

第三話の「マカロニグラタンの暗い夜」はIT会社の女性社長がお客で、彼女が人生の最期に食べた「カニのマカロニグラタン」と「野菜のマリネ」を注文します。
なんでも、その最期の料理が、甥がつくった素人料理で、グラタンのホワイトソースはボソボソしていて、マリネはやたらと酸っぱくて、しかも見慣れない葉菜もはいっている、大変、不味いものであったとのことで、口直しに注文したとのことです。そして、彼女は、自分の死因は、元夫からもらった「ふぐの卵巣のぬか漬け」で毒殺されたためだ、と主張するのですが・・といった筋立てです。彼女の体からはテトロドキシンと、アコニチン(トリカブト)の毒が検出されたようなのですが、テトロドキシンはフグ以外も保有している生物もいるうえに、トリカブトは日本各地mに自生する野草です。果たして毒殺の真相は・・・、といった展開ですね。もっとも疑わしくないのは「犯人」という典型ですね。

第四話の「コーンポタージュの主役」のお客は、二十歳すぎの背の高い、黒いライダースーツを着た青年です。彼は、峠道をバイクで走行中、飛び出してきたタヌキを避けようとして崖から転落死した、という死因です。
そんな彼の母親はちょっと有名な女優で、彼が死ぬ三年前に車で事故死しているのですが、その現場が、埼玉県の行田市。ここは、「のぼうの城」の舞台ともなった「忍城」のあるところで、石田三成に攻められても、落城しなかった、つまり「落ちなかった」城で、その「お守り」も有名です。彼の母親は徳島でのロケの帰路、スケジュールの合間をぬって、そこへ行っているのですが、その理由は、というのがこの話の謎解きです。ちなみに、今回お客と鳴る青年は、その当時、18歳ではあったのですが、留年していて受験生ではなかった、というのがネタバレのヒントです。

最終話の「焼け跡のハンバーグステーキ」のお客は、80歳を越えた老人で、彼の注文するのは「ハンバーグ・ステーキ」なのですが、本当は今風のものではなく、終戦当時の肉の臭みの強くて硬い「ミンチ・ステーク」といっていたものであるようです。この時代がかった料理にまつわる老人の秘密と、この巻の主人公の「悠人」の生い立ちがリンクして話を盛り上げていくのですが、詳細は、本書のほうでどうぞ。

【レビュアーからひと言】

レストランで、しかも、訪れるお客が注文する「最期の一皿」がネタとなる話の数々なので、そこで出てくる料理もそれぞれに特徴のあるものが多いですね。しかも、それがかなり旨そうときていて、例えば、冒頭のところで、主人公「悠人」が食べる

玉子本来のまっすぐで素朴な味に、デミソースの酸味が絡みつき、とろとろのオムレツが舌の上で溶けていく。チキンライスもまた、デミソースによってほどよい甘みが引き出される。さらに鶏肉やマッシュルームの食感が、味輪に彩りを添えてくれる、すべての要素が手を取り合い、絶妙なアンサンブルを奏でていた

といった「オムレツ」はまさに絶品の趣があります。ストーリー展開とともにここらもお楽しみくださいね。

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