芸能人の不倫や浮気スキャンダルが報道されるたびにその人のSNSには膨大な非難が寄せられる、ネットでの「炎上」は跡を絶ちません。さらにネットの中だけではなく、新型コロナウィルスの感染者に対するコロナいじめや「自粛警察」など、「正義」にかられて過激な行動をする人の姿が目立ちます。
そんな「正義中毒」について脳科学の立場から解き明かすのが本書『中野信子「人はなぜ他人を許せないのか?」(アスコム)』です。
【構成と注目ポイント】
構成は
第1章 ネット時代の「正義」ー他人をつるし上げる悦び
第2章 日本社会の特殊性と「正義」の関係
第3章 なぜ、人は人を許せなくなってしまうのか
第4章 「正義中毒」から自分を解放する
となっていて、なぜ今「正義」の名のもとに人を徹底的に避難する行動「正義中毒」が増えているのか、とこの「正義中毒」の日本的特徴について明らかにし、その自制の仕方について論じる、という構造になっています。
◇「正義中毒」が全盛となったワケ◇
これについては、筆者はほかの論者とおなじようにSNSを原因として挙げています。もともと日本の社会は「本音を言わない」忖度社会と評されるのですが、
誰でもしがらみがあり、社会的な立場があって、損得勘定や忖度も働きます。こうした条件がブレーキとなり、リアルな人間関係のなかでは、「許せない」という感情を呑み込むことが好ましい態度とされます。・・・この状況を「見える化」してしまったのが、インターネット社会の出現、とりわけSNSの普及ではないでしょうか
とするとともに、非難の対象となる有名人の側も
SNSの出現により、自分の専門分野以外の部分で意見をも止まられるケースが格段に増えた結果、応援してくれる人のために良かれと思って発信している私生活やその他の情報も想定外の受け止め方をされ・・・「ツッコミどころ」を与える結果につながるようになった
として、正義感にかられて非難する側を顕在化させるとともに、非難される側の隙を拡大した、と分析されています。
もっとも、この現象を倫理観の問題、道徳の問題とだけとらえずに、「自分と異なるものをなかなか理解できず、互いを「許せない」と感じてしまう正義中毒は、実は人間である以上。どうしようもないことです。」と人間の「生物」としての側面に着目するのは著者らしいところですね。
このへんは、誤った方向にいくと「生物的な現象なのでどうしようもない」という悲観論に結びついてしまうのですが、むしろ、こういう生物的な制約をきちんと把握した上で対処方法を考えないと、いつものように時が過ぎれば忘れられておしまい、ということになってしまうと思ってますので、著者の論調には賛成です。
◇「正義中毒」の根本には生物学的要因がある◇
その生物学的な要因については、筆者は人間が「集団的」生物であることに着目して、
自分好みの正義があるからその集団に属するのではなく、集団の一員であることそのものが、生物としての安全性を高め、生活の効率を高めるための武器になるため、集団への所属と、所属とした集団の持続そのものが最優先の目的となります。
としています。
こういうことになると「正義中毒」も、主義主張の対立ではなく、所属集団の存続や安定を脅かすものの排除という側面がクローズアップされてきます。こうなると教育とか意識啓発によって「正義の暴走」をとめようという活動に暗雲が漂うことになってきます。
◇「正義中毒」は「環境改変」によって制御できる◇
ここで脱出口となるのが、「正義中毒」の発生には生物的要因が隠れているとはいっても、どんな人を「逸脱者」とするかについては、国や地域によって違いがあるということです。本書によれば
日本では「みんなに合わせられないこと」「みんなと違う言動をすること」が愚かと考えられがちなのに対して、フランスでは「みんなと同じこと」や「意見を言わないこと」が愚かと考えられやすかったのです。つまらないひとと思われてしまう、と言い換えてもいいでしょう。
といったことで筆者は「国によって何が基準になるのかが異なる、ということは、結局、何が「賢明な選択か」は環境によって変わるということです」としています。
これを梃にして考えると、「正義中毒」現象を起こすのは「生物学的にどうしようもないこと」かもしれないが、何をどの程度排除するかは「環境改変」によって制御できる可能性がでてくるということにつながっていくのですね。
◇「正義中毒」の(一つの)防止法◇
そして、この環境改変の方法としてあげられているのが、分析的思考や客観的思考を行う」脳の前頭前を鍛えて「メタ認知(自分自身を客観的に認知する能力)」を高める、ということで、ここのへんは急に「脳科学」レベルがアップしてきます。さらに、前頭前野を鍛えるために生活のなかで心がけるべきなのは
①慣れていることをやめて新しい体験をする
②不安定・過酷な環境に身を置く
③安易なカテゴライズ、レッテル貼りに逃げない
④余裕を大切にする
ということのようで、おススメの食事や生活習慣も載っているので、くわしくは本書のほうで確認してくださいね。
【レビュアーからひと言】
筆者のほかの著作は、とりあげる現象の原因を解くのに、ドーパミンやセロトニンなどといった脳内物質の影響といった生理学的なところが詳述されることが多いのですが、本書では文化的要因の分析といったところが多くなっていて、理科系恐怖症の人にも読みやすい仕立てになっています。
そのせいもあるのか「本書もまた、せっかくお読みいただいたのに、解決策がしめされていないじゃないか、と憤る方がいらっしゃるかもしれません。・・・一般解はありません。だから困る、ということではなく、私はそれでいいのではないか、と思うのです。」ということであるので、僕たちそれぞれが自分にとって一番「メタ認知」を高める方法を考えてみてよ、という筆者のメッセージなのかもしれません。
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