証拠紛失の大不祥事の陰にいる殺人犯を暴き出せー中山七里「能面検事」

事件捜査に関わる公的機関というと「警察」と「検察」が大所なのですが、ミステリーの世界では、警察のほうは被害者や犯人に直に接するのと捜査活動が現場なのでドラマがつくりやすいせいか「警察小説」は一ジャンルになっているのですが、「検察」のほうは、デスクワークや法廷内での仕事が多く、さらに弁護士を主人公にした設定では、敵方になるせいか、メジャー・ジャンルとはいえないように思えます。

そんな「検察」を舞台に、しかも敵方に味方であるはずの「警察」をすえたミステリーが本書『中山七里「能面検事」(光文社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 表情のない検察官

二 証拠の揃わない容疑者

三 数の合わない資料

四 威信のない組織

五 終わりのない負債

となっていて、本書の舞台は特捜部の検事による証拠偽造で粛清の嵐が吹き荒れた後、ようやく落ち着きはじめたところの「大阪地検」。ここの一級検事・不破俊太郎をメイン・キャストにして、彼の補佐を務める事務官の惣領美晴を語り手にして物語は進められます。この「不破」検事の風貌は

外見は三十代後半、髪はぴっちりと後ろに撫でつけられ、仕立のいいスーと相俟って身だしなみには一分の隙もない。更に隙のないのが表情で、美晴に退出を促した際にも動いたのは唇だけだった。目や眉といった感情表現に使用される器官はまるで彫像のようにぴくりともしない。

というもので、ついたあだ名が「能面」ということですね。巻の中程で明らかになるのですが、赴任前の東京地検では、感情が顔に出やすい質だったようですが、そのせいで告発者が身を隠していたところを容疑者に悟られ告発者が惨殺されるという失策から「能面」のように感情も意思も顔似出さないようになったという設定です。

まず第一話の「表情のない検察官」では、幼女殺人で逮捕された容疑者・八木沢の取り調べにあたります。この事件は大阪の大正区で8歳の少女が夕方になっても家に帰らないため、創作が始まったのですが、翌日の朝、近くの公園の植え込みから絞殺死体で殺されたというもの。容疑者の八木沢は8年前に幼女監禁で捕まって実刑をうけていて、幼女趣味から殺害を犯したものと疑われたわけですね。訴追のための検証を始めた不破検事は、証拠の確認のため所轄署にいくと、今回の事件の証拠のうちいくつかが保管庫から消えていることに気づきます。これが、今巻の大事件の発端となっていきます。

第一話の事件のほうは、容疑者の否認の仕方から、誰かを庇っていると思った不破は、八木沢の家族の聞き取りで、真犯人をつきとめていくのですが、そこには犯罪者の家族への迫害という筆者が他の本でも取り上げるテーマが潜んでいます。

第二話で本巻の主要な事件となる、西成区のマンションで起きた、住人の女性と彼女の同棲相手の男性がサバイバルナイフで惨殺される事件がおきます。その容疑者として、被害にあった女性にストーカー行為を繰り返していた男・谷田貝が逮捕されることになるのですが、彼は犯行を自白せず、さらに彼がやったという決め手の証拠もみつからず、かえって、犯行当時、ナンバの盛場で酔っぱらったサラリーマンと喧嘩をして、巡視中に警察官に捕まりそうになったというアリバイを主張されます。これを含めた証拠を再確認するため、西成署の保管倉庫を訪れる不破と美晴なのですが、ここの捜査一課の刑事・大矢によって妨害を受けます。彼が妨害をしたのも当然、実は、今回の事件の証拠が半分ほど紛失していたことが明らかになります。

そして、谷田貝が主張していたアリバイも所轄の交番の記録に残っていたことが不破の再調査で明らかになり、谷田貝は釈放、今回の検挙は、西成署の誤捜査であることが不破によって明らかになりますね。

で、今まで同じ側に立っていたと思っていた検察官から、警察の失敗を暴露されて反感を抱く大阪府警側なのですが、不破検事の動きはこれにとどまりません。大阪府警の65の所轄署に対して、証拠の保管状況を調査させます。その結果、なんと42箇所の所轄署で200件以上の事件の捜査資料の全部または一部が紛失していた、ということです。重大事件ではないものの、これらのうちには公訴時効も成立しているものもありことが判明します。そして、その資料の紛失は、府警本部の資料保管庫でおきていることも明らかになります。これは、府警本部長をはじめとする幹部を含む70名以上の大量処分をうむ、大阪府警全体を揺るがす大不祥事件に発展していきます。

今回の資料紛失の暴露は、不破検事のスタンドプレーと警察側から敵意をもたれるのですが、不破検事がはこの不祥事によって府警が大騒動になるのを尻目に、西成区のマンション内殺人事件の聞き込みを継続します。その結果、殺された男のほうもかなりの遊び人で、多くの女性を泣かせていたこともわかってきます。そこから不破検事が導き出したのは、実はマンション内殺人事件の真の狙いは、その男性のほおうではないかという推理にたどりつきます。そんなとき、不破検事が狙撃され、重傷を負ってしまうのですが・・・、という展開です。ここから先の詳細は原書のほうでどうぞ。

レビュアーから一言

今巻では、最初でてくる誤捜査がきっかけで、証拠品の大量紛失という府警の大失態となる不祥事が明らかになっていき、それに翻弄される関係者の姿が描かれ、社会派ものかな、と思ってしまうのですが、実は、作中でおきるマンション内の男女の殺人事件の謎解きがメインです。このあたりは、その謎のトリックをこの大不祥事が覆い隠している感じになっていて、作者に見事に騙されてしまいます。いつものように、最後のところで大どんでん返しが仕掛けられているので、騙されないようについていきましょうね。

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