中山七里「翼がなくても」ー片足の女性アスリートのアシストは幼馴染の保険金

「翼がなくても」(双葉文庫)の読みどころを一挙紹介

少年期に少女誘拐殺人の加害者となるのだが、医療少年院の教官の薫陶で人の心を取り戻し、司法試験に合格。弁護士となって、高額な報酬と引きかけにどんな相手の弁護も引き受けるという悪評をまとってはいるが、実は法の隙間で犠牲になっている犯罪被害者や加害者の救世主を務める異色の主人公・御子柴礼司が、法廷外で活躍する番外シリーズの一つが本書『中山七里「翼がなくても」(双葉文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 折れた翼
二 萎縮する足
三 差し延べられた手
四 踵に羽を
五 甦る翼

となっていて、まず、今巻の主人公で、オリンピック出場も狙える短距離のスプリンターとして注目されている「市ノ瀬沙良」が交通事故に遭うシーンから開幕します。

有望女性アスリートを襲った事故

彼女は、高校卒業後、実業団の陸上部に所属して二年目ながら、200メートルの日本女子記録歴代9位とタイ記録をもち、さらに自己ベストを更新中という有望株なのですが、自宅の近くの道路上で、隣に住む幼馴染が運転する車に撥ねられ、左足を切断するという不幸に見舞われます。車と塀・街路灯の間に挟まれ、膝から下の骨がほとんど粉砕されてしまうという重傷なので、治療上やむを得ないことだったのですが、これで彼女のオリンピックの夢は断ち切られてしまうことになります。

陸上競技にかけてきた今までの努力が水の泡となってうちひしがれる彼女をさらに過酷な運命が襲います。陸上選手としての活躍が不可能になった彼女は、通常の内勤勤務となるのですが、今までスポーツが中心でビジネスの方は二の次にしていたせいで、足手まといとなり、会社に居づらくなり退社を余儀なくされてしまいます。
さらに、加害者となった幼馴染は、病院へ謝罪に来ることもなく、さらに母親が腕利きの弁護士を雇って、損害賠償も逃れようとしてきます。この「腕利きの弁護士」として雇われるのが、中山七里ミステリーの主要人物で、警察の天敵「御子柴礼司」ですね。

事件のほうは、「沙良」が退院して実家に帰ってきた夜に突然起きます。事故で自分の将来をめちゃめちゃにしながら謝罪もしない幼馴染・相良泰輔に窓越しに悪態をついた翌朝、彼が自室で鋭利な刃物で胸部を刺殺されているのが発見されます。
沙良たちの住んでいるのは東京の浅草中店通りの下町で、人通りもあるところで、通りすがりの犯行ではないようで、沙良や彼女の家族が犯行に関わっているのではと、捜査を担当する刑事「犬養」が疑いの目を向けることとなります。
このへんで、中山七里ミステリーのキャストが出揃ったというところですね。

沙良はパラリンピアンを目指す

一方、沙良のほうは、テレビで特別製の義足で記録を次々と塗り替えていく、イギリスの短距離陸上のパラリンピック選手のオスカー・ピストリウスの映像を見て、陸上に対する思いに再び火がつき、パラ陸上へ挑戦を始めます。
専属のコーチやトレーナーもなく、経費のかからない市民スポーツセンターを利用しながら「世界」を目指していく、「沙良」のチャレンジは「ウルウル」してくること間違いなしです。そして、義肢との相性によるトラブルや、ライバルの出現に悩みながら、世界的な権威のアドバイスを求めにいったり、東大の研究所の協力を得ることに成功したりと、高みを目指して階段を登っていく様子は「泣かせ」ること間違いなしですね。

しかし、ここで疑惑がおきるのは、500万円近くする義肢製作費をどう捻出したか、というところです。会社も辞職し貯蓄もそんなになく、しかも実家も実業団当時の遠征やトレーニング経費や彼女の治療費で経済的に余裕のない状態なので、幼馴染の死亡により御子柴弁護士が管理することとなった「保険金」が関係しているのでは、と犬養刑事が御子柴と沙良のまわりの捜査を始めるのですが・・、という展開ですね。

沙良のパラリンピック出場のための国内予選とライバルとの競り合いの行方と、幼馴染殺害の犯人とトリックは、といった筋立てが並行して展開して、両方の視点でハラハラ・ドキドキの物語となってます。

翼がなくても (双葉文庫)
陸上200m走でオリンピックを狙う沙良を悲劇が襲った。 交通事故に巻きこまれ、左足を切断、しかも加害者は幼馴染みの泰輔だった。 アスリート生命を絶たれた沙良は恨みを募らせる。 そんな泰輔が殺害され、高額な保険金が支払われた。犯人は誰なのか

レビュアーから一言

大筋的には、事故によって障害をおったアスリートの復活と、彼女に片足を失わせてしまった幼馴染の「贖罪」の物語なのですが、主人公「沙良」がパラ陸上で世界を目指す所でててくる、パラ競技での「科学」の凄さが印象的ですね。
このへんは今巻の中の

たとえば男子百メートルの世界でワールド・レコードを一秒縮めるのに百年近くかかるのに、障害者競技の世界では一年しかかからない。無論、練習本人の努力もあるが、義肢に投入される技術も無視できない。つまり技術次第では、障害者が健常者を上回ることができる。

というアメリカの義肢装具士の世界的権威の話に現れている気がします。詳しいことを知りたい人は「スーパーヒューマン誕生! 人間はSFを超える(NHK出版)」あたりを読んでみてくださいな。

科学進化の「倍々ゲーム」の行き先は? — 稲見昌彦「スーパーヒューマン誕生 人間はSFを超える」(NHK出版新書)
<br />AI、IOT、ロボットといった最近流行のテクノロジーは、いずれも人間のアナログな感覚との間に膜で遮られているような気がしていて、こうしたテクノロジーの進化は必ずしも人間・人類と並走してくれるかどうか不安なところがある

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