遠距離でも、謎解きの協働作業はいつもと同じー友井羊「心をつなぐスープカレー スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」

オフィス街の路地にあるスープがメインのレストラン「しずく」を舞台に、店の常連「奥谷理恵」とレストランのシェフ・麻野と彼の娘・露をメインキャストにして、店のお客たちが抱えている悩みごとの謎解きと、スープ料理が愉しめる「スープ屋しずく」シリーズの第6弾が本書『友井羊「心をつなぐスープカレー スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」(宝島社文庫)』。

前巻までで、勤務していたフリーペーパー会社がM&Aになって、経営母体が変わったのですが、転職することなく、そのまま残留した主人公は奥谷理恵は、会社の場所は変わっても、引き続き朝食を「しずく」でとる道を選び、一方、「しずく」の店主・麻野は完全とはいかないまでも、自分を虐待し捨てた、実の母親を許す道を選んだのですが、今巻は、理恵に少しばかりの環境変化がおき、謎解きの主役に麻野の一人娘・露ちゃんの活躍が目立ってきます。

構成と注目ポイント

構成は

プロローグ
第一話 人参リモートワープ
第二話 奏子ちゃんは学校に行かない
第三話 ひったくりとデリバリー
第四話 在宅勤務の苦い朝
第五話 ビーフカレーは巡る
エピローグ

となっていて、まず最初の「プロローグ」のところで、本シリーズの主人公である「奥谷理恵」が麻野になにか重大な相談をもちかけるシーンから始まります。ひょっとすると理恵のほうからプロポーズなんてことを想像するのですが、これはダウト。真相は最期のところで明らかになります。

まず第一話の「人参リモートワープ」は、新型コロナ・ウィルスの感染拡大で日常の状態となった「ウェブ会議」のシーンから始まります。ただ、本話の場合は、コロナというより、暴風雨による交通遮断で通勤できなくなった社員が多数でてきたことによるようです。

ここで資料が手元にない社員や、自宅からのログインにもかかわらず遅刻してくる若手社員とか、おきまりのトラブルがあって、これが原因のせいか中堅の女性社員・米田千秋が、一番若手の女性社員・片山美帆に厳しい注意を連続するなど職場の人間関係が荒れてきます。さらには千秋が交際している同じ会社の小倉との別れ話を切り出すようになってきたのですが、どうやらその根底には、美帆が「パパ活」をしていて、その相手が小倉では、という疑惑が生じているようなのです。

小倉はバツイチながら真面目な人物なのですが、理恵は、暴風雨時のウェブ会議のとき、美帆の持っていた資料が、画面外で小倉の手元に渡った証拠を見つけてしまい・・・という展開です。

第二話の「奏子ちゃんは学校に行かない」では、麻野の娘・露ちゃんが探偵役として大活躍します。事件は、彼女の通っている小学校でおきたもので、その事件がもとで同級生の鏑木奏子ちゃんは不登校となっています。で、事件のほうは彼女が母親に買ってもらったネックレスを、仲のよい同級生の斎藤皐が強く引っ張ったせいで壊してしまいます。この失敗を気に病んだ皐が沈んでいるので、仲直りの印に手作りクッキーを焼いてプレゼントするのですが、それを食べた翌日、アレルギーもちの皐が体調を崩してしまいます。

皐の母親が、アレルギーの原因はクッキーにナッツがはいっていたせいでは、と奏子ちゃんを責め、周囲からもよくない噂をたてられた奏子ちゃんが面倒くさくなって不登校を続けている、という筋立てです。そして、ここで露ちゃんが乗り出してきて、アレルギーのおきた謎解きをしていくのですが、同級生や皐の母親のSNSとかを調べて真相にたどり着いていくあたりは、さすがZ世代であります。

もっとも、謎解きの決めては、父親で「しずく」のシェフ兼店主・麻野の「ハーブ」に関する知識なので、ここらはアナログ世代も自信を失わないでいいかもしれません。

第三話の「ひったくりとデリバリー」は、最近のデリバリー・ブームを反映したお話です。

理恵が最近贔屓にしている「イタリヤ惣菜カリヤ」という店では、店に駐車場がなく、コインパーキングも遠いという弱点を克服するため、地元のベンチャー企業の運営するデリバリー業務を利用して、デリバリーを始めたのですが、このうち、店から少し遠く、高齢の居住者の地域へデリバリーをする配達員が何者かに襲われる、という事件がおきます。さらに、ちょうどこのあたりで頻発してた、ひったくり事件の犯人の様相が、この会社の配達員の制服に似ているという噂が出始め、とうとう「平塚」という配達員が、ひったくりの容疑者として取り調べを受ける、という事態に。

彼の疑いは晴れるのですが、このままではデリバリーの範囲から、この地域を外さざるをうません。ここは外出が不自由な高齢者が多く住んでいて、デリバリー需要は高いのですが・・・といった展開です。

第四話の「在宅勤務の苦い朝」は、最近流行の「リモートワーク」となった夫婦の間に起きる「毒殺」疑惑です。「しずく」の常連の一人で緑川規子の夫は、広告やデザイン関係の仕事をしているのですがテレワークが導入され、在宅で仕事することが増えてきているのですが、一方、規子の会社はまだ旧態依然としていてリアル勤務が通常という状態です。

このため、自宅で仕事をすることの多くなった夫の昭宏が、夫婦の朝食をつくることが多くなったのですが、どういうわけか夫のつくる朝食の味が「苦く」感じられてあまり美味しくありません。昼食や、「しずく」で朝食をとるときにはそんなことはないので、味覚異常がでたというわけでもなく・・という筋立てです。

そんな疑問を、夫と同じ会社に勤めているかつての同僚で友人の「映奈」に相談すると、彼女は夫の後輩から、同じ職場の若い女性社員と親密すぎるのでは、という話や、その女性が出勤するときには必ず夫も出勤しているということを調べてきてくれます。そして、その女性が父親の形見として大事にしている時計と同じ型式のものを持っていたり、ある夜には、その女性から「駅前のホテルにいる」という電話がかかってきたりします。夫の殺意を疑い始める規子なのですが、話を聞いていた麻野が推理した真相は、彼女の丁寧な歯磨きにあって・・・という展開です。

第五話の「ビーフカレーは巡る」は、理恵が最近、熱心に通って口説き落とした「えんとつ軒」という洋食屋の代替わり騒動です。

この「えんとつ軒」というのは、理恵が担当しているフリーペーパーで最近掲載し、美味しいと評判が良い店なのですが、テナントとして入っているビルが建て替えとなるため廃業も考えていた店です。ただ周囲が店主の「遠藤たつ子」を説得して、店主の実の娘・勇美が跡を継いで近くに店を出すことをようやく承知させたのですが、母親の女店主は、ハンバーグとかオムライスとか、洋食屋で評判のいい料理のレシピを娘に引き継いだのですが、店で一番評判のいい「ビーフカレー」のレシピだけは引き継がない、とか頑固に拒否します。いったい、そこにはどんな理由が・・、ということで勇美に頼まれた理恵が調査に乗り出す。という筋立てです。

その過程で、理恵は以前、店に訪れた客がカレーの味を誉めて上機嫌だったたつ子が、客が「蝋燭亭のカレーにそっくり」といったとたんに顔色が変わり、「これから店には来ないでほしい」と態度を硬化させたという事実を聞きます。そこに、今回のカレーのレシピを葬ろうとするたつ子の真意が隠れていそうな気がして・・・という展開です。

今回も麻野に推理を頼むのですが、なぜか、麻野が理恵のいるところから離れたところにいる気配が漂っていて、ここもセットの謎解きとなりますね。

レビュアーから一言

前巻では、実母に対する麻野のわだかまりも溶けてきて、麻野の娘・露も理恵を慕って懐くようになって、という感じで、恋バナの進展を期待させる終わり方であったのですが、今巻では、理恵の仕事の都合があって、進展がないままですね。もっとも、話の中ででてくる「スープ」のうまそうなところは相変わらずで、表題にもなっている、「しずく」のスープカレーは

カレールーはさらさらとしているスープタイプで、表面に浮かぶ油脂は控えめだ。牛肉は大ぶりで、他の具材は人参とじゃがいもだけだ。別盛りのライスは炊きたてで粒が立ち、表面が艷やかだった。
理恵はステンレス製のテーブルスプーンを手に取る。牛肉は柔らかく煮込まれ、スプーンの先で簡単にほぐれた。
ライスをスプーンですくい、さらさらとしたスープにくぐらせつ。そしてカレーソースの絡んだ牛肉の繊維とライスを一緒に口に運ぶ。ライスもカレーソースも適度な熱さで、素材の味を損なわずに味わえた。
(中略)
牛肉は脂身のない部位で赤みのシューシーサが堪能できる。じゃがいもと人参は茹でただけで、食べる直前にルーに浸した。スパイスの風味とブイヨンのコクによって野菜の甘みが強調されている。
食べ進みながらスパイスの香りを分析する。カルダモンの爽やかさが特に強烈で、辛味は強めだが切れがある。

といった具合です。小腹が空いてくる仕立てになっていますね。

Bitly

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