東京近郊の鉄道を舞台に、鉄道女子が活躍するー山本巧次「早房希美の謎解き急行」

人気のタイムスリップ・ミステリー「八丁堀のおゆう」シリーズの筆者は、実生活では鉄道会社に勤務していた「鉄道オタク」でもあるとのことで、明治開化の頃の日本の鉄道敷設物語(明治開花鐵道シリーズ)や、終戦直後の鉄道新線建設(希望と殺意はレールに乗って)や路面電車(阪堺鉄道177号の追憶)、あるいは北海道のローカル線廃止にまつわる事件(留萌本線、最後の事件)など鉄道ミステリーも多数の著作があります。
その鉄道ミステリーの中でも、池袋から熊谷に至る、都会地の中のローカル線という位置づけの「武州急行電鉄」の路線で起きる事件の謎解きを描くのが本書『山本巧次「早房希美の謎解き急行」(双葉文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

ケース1 遮断機のくぐり抜けは大変危険です
ケース2 雨の日は御足元に充分ご注意ください
ケース3 危険物の持ち込みはお断りしています
ケース4 痴漢は犯罪です 
ケース5 特急のご乗車には特急券が必要です。

となっていて、本巻の主人公は「武州急行電鉄」の鉄道営業本部の営業企画課に勤務する「早房希美」という若手女性社員。彼女が武州鉄道の各駅でおきる事件の謎を、埼玉県警で伝説の刑事と言われた祖父のアドバイスを受けながら、体当たりで謎解きしていきます。主人公の名前を見てわかるように「はやぶさ」と「のぞみ」を氏名にとりこんだ、鉄道の申し子のような女性ですね。

「ケース1 遮断機のくぐり抜けは大変危険です」の読みどころ

第一の事件の「遮断機のくぐり抜けは大変危険です」は、谷中を出て熊谷に至る人人口の少ない丘陵部にある「黒岩4号」という軽自動車がやっと通れるぐらいの地小さな踏切で、障害物検知装置が作動して電車が緊急停止させられたことから開幕です。

停止現場には何もなく、おそらくは警報が鳴っている踏切を、強引に何かが走り抜けたために作動したのだろう、と推測されるのですが、緊急停止が一度だけでなく、何度も繰り返されることから、何でも屋でもある営業企画課の課員である「希美」が調査に駆り出されるという筋立てです。

調べてみると、近くにある旧家に飼われている黒く大きなニューファンドランド犬が夜の家を抜け出して、踏切のところを駆け抜けるために緊急停止装置が作動していたことがわかります。飼い主に注意をするのですが、犬の逃亡は何度も繰り返されます。とうとう緊急停止の信号が出ていても、この踏切付近では電車の運転士も停止をしなくなってきているのですが、実はこの度重なる犬の逃亡にはある謀略が隠れていて・・という展開です。

この旧家には、本家のお金持ちの老婦人が電動車椅子で定期的に通ってきている、というところがネタバレのヒントです。

「ケース2 雨の日は御足元に充分ご注意ください」の読みどころ

第二話の「雨の日は御足元に充分ご注意ください」では、雨に濡れた武州鉄道の「釘無駅」の階段で乗客の転落事故がおきます。

転落した男性は腕の骨をおる大怪我を負うのですが、転落直後に「駅員から突き落とされた」と言う言葉を残して病院へ運ばれていきます。後で、これは気が動転しての虚言とわかるのですが、周囲にいた乗客経由でネットに拡散していたため、この沈静化のためになんでも屋の「希美」が駆り出されるという筋立てです。

この謎解きには、なぜ男性が嘘をついたのか、という謎解きも含まれているにですが、希美は調べるうちに男性の「不倫」の影をみつけるのですが・・・という展開です。まあ、この不倫疑惑はフェイクなので騙されないようにね。

「ケース3 危険物の持ち込みはお断りしています」の読みどころ

第三話の「危険物の持ち込みはお断りしています」では武州鉄道の始発駅「池袋」でストーカーにおいかけられていると訴えてくる女性の登場からスタートです。

その女性は三十代前半の美人なのですが、彼女の訴えるストーカーの特徴そっくりの男性が女性の後から役務室にやってきます。ストーカー出現かと思いきや、その男性は女性の上司だといい、女性も警戒することなく一緒に帰っていきます。その後、その女性に気をつけていた希美は、彼女の後をつけるデニムジャケットの男の姿を見つけます。

その男をストーカーと思い、取り押さえるのですが、実はその男は女性の同級生で、女性のあとをつける男を見つけたため、彼女を守るために尾行していたのだ、と主張します。さて本当のストーカーは誰なのか・・という展開です。

「ケース4 痴漢は犯罪です」の読みどころ

第四話の「痴漢は犯罪です」では、満員電車の中での痴漢騒動がおきます。「武州鉄道」の「新座駅」に到着する電車の乗っていた女性が、小太りの体型でオタクっぽい男性が「触った」と捕まえてきます。最初濡れ衣だと抵抗していた男性なのですが、途中で犯行を認め、警察に留置されることに。

しかし、その後、痴漢を捕まえたと言っていた女性が他の駅でも痴漢摘発騒動を起こし、よく調べると、被害妄想の気があって、他の鉄道線でも痴漢の「濡れ衣」騒ぎを起こしていることがわかります。最初に「新座駅」でおきた痴漢事件も濡れ衣のようなのですが、なぜ、其の時、犯人とされた男性はなぜ「痴漢」を認めたのか、という謎が残ります。

どうやら同じ時刻におきた「三千万円盗難事件」と関わりがありそうで・・という展開です。

「ケース5 特急のご乗車には特急券が必要です。」の読みどころ

第五話の「特急のご乗車には特急券が必要です。」では離れ離れになっていた恋人同士の再会の恋バナと、列車内でスリをする警察用語で「箱師」の逮捕劇とが一緒になってごった煮状態を呈する話です。

謎解きのほうは、仕事で疲れた希美が、贅沢をして特急列車で帰宅する時、ダブルブッキングや座席汚損などのトラブルに備えて、鉄道会社が確保している、いわゆる「調整席」に座っている女性を見つけます。指定券を買う暇がなく急に乗ったのか、あるいは予約席に座りたくない事情があっての席変更か、と思っていたのですが、翌日も翌々日も、その女性がその席に座っているのを見つけます。

どうやら、その席に座って誰かを探しているようなのですが・・・という展開です。この特急では、最近、掏りが出没しているので、希美は彼女がひょっとすると、と疑いを持つことになります。

一方、同じ鉄道の女性車掌から、この女性が乗っている30分前の特急に、隣同士の席を二席予約して乗っていて、いつも片方が空席となっている男性の存在を聞くにのですが・・、というところで、この二つをセットにして希美が謎解きをしていくこととなります。

レビュアーから一言

本書の設定を見て、「武州急行電鉄線って知らないぞ」と思われた関東圏在住の方も多いハズ。そうです、この鉄道路線は作者の創作した「架空の路線」なんですね。

モデルとなったのは「幻の山手線」と言われるのですが、幻の山手線といわれる「東京山手急行線」は、今の大井町から自由が丘、梅ヶ丘、明大前、仲の、江古田、板橋、北千住を通り、洲崎が終着となる計画線なので、今巻の「武州急行線」のように池袋から埼玉県へと伸びる郊外鉄道とはちょっと違うような気がしますね。筆者が自分好みの鉄道話を語るために、お気に入りの路線を考えたといったほうがよいのかもしれません。

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