浜辺で出会った死体は名家の謎へつながるー若竹七海「古書店アゼリアの死体」

神奈川県の葉山ではなく「葉崎」という海べりの架空の都市を舞台に、その町に、失業した腹立ちまぎれにやってきた女性編集者が、浜辺に打ち上げられた死体の発見者となったことをきっかけに、その町の名家でおきる殺人事件に巻き込まれ、嫌々ながらも謎解きをしていくのが本書『若竹七海「古書店アゼリアの死体」(光文社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

第1章 波と共に来たりぬ
第2章 古本屋は突然に
第3章 忘れたよ面影
第4章 騙しあい
第5章 ある泥棒の詩
第6章 逢うときはいつも死体
第7章 昼下がりの殺人
第8章 告げ口がいっぱい
第9章 罠におちて
第10章 探偵たちの街角
第11章 犯人よこんにちわ
おまけ~前田紅子のロマンス小説注釈~

となっていて、まずは、東京の編集社をクビになった女性・相澤真琴が葉崎の海岸で海に向かって「バカヤロー」と怒鳴っている時に、目の前に男性の死体が打ち上げられてくるところから始まります。

普通なら単なる水難事故として処理されるところなんでしょうが、この死体が、葉崎の名家で、手広く事業を展開している「前田一族」の十五歳の頃に行方不明になっている「前田秀春」が差出人の手紙を持っていたことから警察もワタワタし始めますし、当の前田一族の人たちもざわめき始めます。というのも、この前田秀治は多額の遺産の相続人にもなっていて、彼の生死によって誰がその多額の財産を受け継ぐのかが変わってくることになるからですね。

で、死体の発見者となった、相澤真琴なのですが、この土地とは縁もゆかりもないので、早々に立ち去ろうと思っていたところを警察の事情聴取のため、一泊を余儀なくされ、翌日食事のついでい通りがかった寂れた古本屋に立ち寄ったところ、その店の店主・前田紅子に、彼女が検査入院をしている間の臨時店主を頼まれてしまい・・という筋立てです。

このアゼリアの店主・前田紅子が実は、前田一族の先代の当主の妹で、一時落ちぶれていた一族を投資で復活させた功労者です。そして大財産を作った後、長年の趣味である「ロマンス小説」三昧の生活をおくるため、古書店を経営している、というわけですね。

そして、海岸に打ち上げられた死体のほうは、秀春の叔母で、現在、地元のFMラジオ局を経営している前田満知子が、知り合いの医者の診断で「秀春」と早々と認定して葬儀を上げようと動き始めます。彼女の経営するFM局は最近業績が怪しいという評判で、実はその建て直しにための遺産確保では、という噂もちらほらというわけです。

若い頃失踪した「秀春」の顔を知っている、唯一の親族である前田紅子を検査入院で病院に押し込め、葬儀にも出席させまいとする満知子の様子に不審を抱いた、紅子の指示で、真琴たちは紅子にその死体の顔を確認させようとあれこれ画策するのですがなかなかうまくいきません。そんな矢先、満知子がアゼリア古書店で殺されるという第二の事件がおき・・・という展開です。

満知子社長が、事件の黒幕では、という流れで進んでいくのですが、最後のところで突然のドンデン返しがおき、想定外の結末になだれこんでいきますので、ここは振り落とされないようについていきましょう。

レビュアーから一言

本巻といい、葉村晶シリーズといい、若竹七海さんの小説には、「本」が「小説」が扱われることが多いのですが、今巻の特徴は、日本では好みがわかれる「ロマンス小説」のエピソードがあちこちに挟まれていることでしょう。

今巻の「ロマンス小説」の定義は、若い女性の恋物語や海外でのラブロマンスといったものを中心とした「ハーレクイン・ロマンス」だけではなく、SFの名作ロバート・F・ヤングの「たんぽぽ娘」や、怪奇小説の大家・ヘンリー・ジェイムスの「ねじの回転」までを含んだかなり広いジャンルのようなので、間口は結構広めかもしれません。

興味がある方は、このミステリ―での評判をもとに面白そうなのを読んでもいいかと思います。ただ、今巻ででてくる小説の中には実在しない「フェイク」も混じっているようなので、気を付けてくださいね。

古書店アゼリアの死体 (光文社文庫)
勤め先は倒産、泊まったホテルは火事、怪しげな新興宗教には追いかけられ…。 不幸のどん底にいた相澤真琴は、葉崎市の海岸で溺死体に出合ってしまう。運良く古書店アゼリアの店番にありついた真琴だが、そこにも新たな死体が!事件の陰には、葉崎市の名門・...

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