井上真偽「その可能性はすでに考えた」=少女の集団自殺下の首切り殺人容疑を晴らせ

犯罪が起こる前にやってきて犯罪を起こさせない探偵が登場する「探偵が早すぎる」で、ミステリー小説の定石を外してみせた作者による、「奇蹟」を信じる探偵・上苙丞が、不可思議な殺人事件の謎が「奇蹟」であることを証明しようとする、ミステリーの謎解きに真っ向から歯向かうミステリーがこの『井上真偽「その可能性はすでに考えた」(講談社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント>少女の集団自殺下の首切り殺人容疑を晴らせ

メインキャストは、「恋と禁忌と述語論理」で、論理数学者・硯さんから、その推理にケチをつけられた、奇蹟を信じてそれを証明しようとしている、多額の借金まみれの名探偵・上苙丞と、彼に大金を貸している、中国暗黒社会を引退した美貌の金貸し「フ―リン」こと姚扶琳。上苙の探偵事務所に不可思議な事件の謎解きが持ち込まれてくるのですが、その謎が奇蹟であることを証明しようとする上苙丞に登場人物が、理詰めで迫る謎解きを、上苙丞が謎解きの矛盾を指摘していく、といった筋立てです。

構成は

第一章 吉凶莫測
第二章 避坑落井
第三章 坐井観天
第四章 黒寡妃球腹蛛
第五章 女鬼面具
第六章 万分可笑

となっていて、まずは「渡良瀬莉世」となのる若い女性が、自分が人を殺したかもしれないのだが、自分には罪を犯した自覚がないので、自分が本当に人を殺したかどうか推理してほしい、という依頼を持ち込んできます。

彼女は、幼い頃、母親に連れられて新興宗教団体「血の贖い」の信者たちが住む、人里hっ離れたコロニーで生活していました。そこは周囲を高い崖に囲まれ、唯一の出口が村の東側にある洞窟だけなのですが、そこも普段は大きな鉄の門で塞がれている、という大きな「密室状態」にあるところです。

そこで数十人の信者たちが作物を栽培し、豚や鶏を飼って、教祖を中心とした集団生活を送っていたのですが、あるとき、地震によって村内にある滝の水が涸れてしまったことから、「終末預言」を信じる教祖によって、信者の集団自殺が始まります。

少女もその集団自殺に巻き込まれ、現場となった拝殿で母親とともに首を切られそうになるのですが、少女と親しかった「ドウニ」という少年によって救出されます。しかし、脱出はしたものの、村は火に包まれていて、その煙を吸った少女は気を失ってしまいます。
そして、次の日の朝、目を覚ました少女は、近くにドウニの胴体と切り落とされた首が転がっているのを発見します。

少女たちが脱出した拝殿は外から施錠されていて、信者たちは全てそこで死んでいたので、少年の首を切って殺したのは少女以外ないはずなのですが、少年の首が、転がっていたところから何十メートルも離れたところにある家畜処理用のギロチンで切られていたところから「謎」が生まれます。ギロチンも、少年の胴体も重くて、少女が運ぶのは不可能なのですが・・といった謎解きです。

そして、自分は本当にドウニを殺したのか推理してほしいと依頼する少女に、探偵・上苙丞は「奇蹟に間違いない」と断定するのですが、これに対して、探偵を詐欺師として告発しようとする元検事やフーリンを中国の暗黒社会に復帰させようとするフーリンの黒社会仲間とか、探偵を奇蹟フリークから目を覚まさせようと試みる頭脳明晰な上苙の元弟子の少年といった者たちが、少女が少年ドウニをギロチンで殺すことのできたトリックをそれぞれに提案してきます。

これに対して探偵は、それぞれの推理への反論を、すでに作成して依頼者に渡した「報告書」に記してある、つまり「その可能性はすでに考えた」と反証をはじめていくのですが・・という流れですね。

で、その少女が少年を殺すことのできたという謎解きが、水車の中に豚をいれてハムスターの回し車の要領で「ギロチン」を移動させたのだ、といったものや少年が村からの脱出用に自作した投石器を使って、少年の死体を少女の近くまで飛ばしたのだといった相当、荒唐無稽なものが提案されるのですが、「できない」証明は「できる」証明に比べて、相当難しい証明です。果たして、探偵の反証の中身は・・という展開です。

そして物語の最後のほうで、依頼者である「渡良瀬莉世」の黒幕に「上苙丞」の宿敵・カヴァリエーレ枢機卿が浮上してきます。枢機卿の狙いは、上苙の「奇蹟があることの証明」の妨害です。上苙は枢機卿の推理をひっくり返し、事件の真相を明らかにできるのでしょうか・・・。

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レビュアーの一言>「奇蹟」の最新の認定は?

今巻の最後のほうでは、「上苙丞」がなぜ「奇蹟」があることに拘り続けるのかが明らかにされています。彼の母親にあたる「青髪の聖女」はまだ奇蹟認定されず、列聖されていないようですが、ネットの記事を漁ってみると、2006年に白血病で亡くなった15歳のイタリアの少年が、インターネットで布教や貧しい人の支援を行った功績で、聖者の一歩手前である「福者」に2020年10月に認定されたという記事を見つけました(AFP BBNews「15歳で病死の少年、ミレニアル世代初の聖人認定の可能性」)。「聖人」の世界にも、最新科学技術の影響が及んでいるようですね。

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