変身を遂げた美魔女主婦に仕掛けられた罠=柚月裕子「ウツボカズラの甘い息」

育児と家事に追われ、そのストレスのために太った体型のせいで、夫や子供からも疎まれていた一人の主婦が、小学校時代の同級生に化粧品販売のビジネスに誘われたことから、美しく変貌していくのですが、いつの間にか殺人事件に巻き込まれていく、という犯罪サスペンスが本書『柚月裕子「ウツボカズラの甘い息」(幻冬舎文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

物語の主人公となるのは、都内の、駅から遠いのですが一軒家で、夫と二人の女の子と暮らす主婦「高村文恵」という女性です。

彼女は、小学校時代、両親のネグレクトによる虐待がもとで、イジメに遭い、その後、転校して他の県の中学生に通い出してからは、減量とイメチェンでモテ期を過したのですが、東京で知り合った夫との結婚を機に再び太り始め、夫からも娘からも子馬鹿にされている、という暮らしをおくっています。さらに、子供のときのイジメとネグレクトが原因なのか、解離性離人症も発症している、という設定です。

その彼女が、たった一つの趣味の「懸賞応募」で当選した有名歌手のディナーショーに出席したところ、小学校時代の同級生を名乗る、美貌の女性・杉浦加奈子から声をかけられるところから、文絵の人生が急転し始めます。

加奈子は、フランスの高級化粧品会社のオーナーの愛人になっていて、その商品の日本での販売権を任されていると自分の今の境遇を話し、その商品の会員向けセミナーの説明会の講師を務めてくれないか、と提案してきます、というのも、加奈子はそのオーナーの愛人になる前のOL時代、恋愛のもつれから劇薬をかけられて顔の右上に痣ができてしまっていて、こういう高級化粧品の広告塔にはふさわしくないため、自分の身代わりとなってほしい、と昔、同級生一番の美人だった文絵に目を付けて、依頼してきた、というものです。

かつては美人であった自負はあるものの、今は見る影もなく太ってしまっていることにひけ目を感じている文絵ははじめは固辞するのですが、加奈子の誘いと報酬に釣られ、ダイエットを決意して、その仕事を引き受けることにします。見事ダイエットに成功して、美しく生まれ変わった文絵は、その高級化粧品の広告塔として見事成功し、高額の報酬を受け取るとともに、その化粧品PR会社の代表にまで抜擢されます。

しかし、ビジネスが順風満帆と思われた矢先、加奈子はフランスに住む愛人と打ち合わせがあると言って、渡欧してしまったきり、連絡がとれなくなってしまいます。さらに加奈子のビジネス・パートナーをしていた田崎という人物もそのまま行方不明となってしまったところで、文絵のもとへ、彼女が代表を務めていた会社が株式上場をするという情報で大金を田崎たちにアズめているのだがどうなったのか、という問い合わせの電話が殺到し始めます。

一方、鎌倉にある三階建ての豪邸の中から、ワインボトルで殴られて死んでいる、死後五日から一週間たった死体が発見されます。被害者は、都内で「コンパニエーロ」というアルバイトの女性二人は雇っているものの、事業実績のない、ほぼゴーストカンパニーな会社を運営している「田崎実」という男性であることがわかります。

事件を管轄する神奈川県警の捜査員たちは、この「田崎」が、物語の主人公である「文絵」へビジネスを持ちかけてきた加奈子のビジネス・パートナーであった田崎と同一人物であることを突きとめます。当然、文絵が、田崎殺害の第一容疑者となるのですが、彼女はあくまでも否定を続けます。文絵は本当に田崎を殺していないのか、あるいは精神の病で忘れているだけなのか?そして、加奈子の女性は実在するのか・・といった展開です。

一つの詐欺事件とそれにまつわる殺人と思って読んでいると、真相解明の手がかりとして掴んだ意図を手繰ると、どろどろと思ってもみないものが現れてくる不気味さが魅力のクライム・ミステリーです。

レビュアーの一言

本巻は一人の悪女のクライムストーリーとして読むのが本筋なのかもしれませんが、劣等感を抱えて生きているフツーの女性が、ある人物によって祭り上げられて舞い上がり、破滅へと引き込まれていく、恐怖の巻き込まれミステリーとして読んでもいいかもしれません。

なまじ、昔の成功体験があるばかりに、ウマすぎる話にうかうかと嵌められていく、っていうのは誰しも他人事ではないかもしれません。

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