畠中恵「こいわすれ」=麻之助・お寿ずの仲良し夫婦に「別れ」が訪れる

江戸・神田の8つの町を支配町としている町名主の高橋家の惣領息子で、16歳を境に生真面目で勤勉な、両親や周囲の期待も集めた若者から、突然、「お気楽」な若者に転じてしまった麻之助を主人公に、彼の友人で同じく町名主の息子で遊び人の清十郎、武家の生まれで八丁堀の同心の家に養子に入っている相馬吉五郎といったサブキャストとともに、支配町でもちあがる様々な揉め事を調整し、解決していく、江戸風コージー・ミステリーの「まんまこと」シリーズの第3弾が本書『畠中恵「こいわすれ」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「おさかなばなし」
「お江戸の一番」
「御身の名は」
「おとこだて」
「鬼神のお告げ」
「こいわすれ」

となっていて、第一話の「おさかなばなし」は、江戸七不思議の一つである本所の「置いてき堀」で、子供が行方知れずになったという噂が流れ、次にお店の奉公人が、集金してきた売掛金を河童に取られたといった事件がおきます。さらに、町名主の一人が堀に落ちて、寝込んでしまったりもするのですが、この町名主というのが、本シリーズの主人公・麻之助の悪友の清十郎です。しかし、清十郎は堀のあたりにいた訳を話そうとはしないので、麻之助は独自に調べ始めるのですが、置いてけ堀のほとりで、河童を探している男に出会い、川へ落ちてしまい・・という筋立てです。
この置いてき堀で出会った、行方知れずになった我が子を探している川越で呉服太物を扱う「七国屋」が今回の謎解きの鍵となる人物になります。

第二話の「お江戸の一番」は狂歌と書画を一つにまとめて番付表が揉め事の発端となります。普通、こういう異種格闘技のような番付はつくらないものなのですが、番付の東の大関に乗っている狂歌師が吉原の大きな妓楼の主人で、西の大関となっている画家が三百石取りの旗本であったせいか、それぞれが狂歌と書画の優劣を競い合うことになるのですが、双方が背後に武家と商家の応援団がついているため、おおきな騒動となってきます。
この仲裁を頼まれたのが麻之助で、彼は両国の見世物小屋でそれぞれが芸を見せあい、木戸銭で勝負を決めることとするのですが、その興行を邪魔する者が現れて・・という展開です。今回は、麻之助の想定を超えて、騒動が拡大することになっていきます。

第三話の「御身の名は」では、相談事があるといって、麻之助を呼び出す女文字の手紙が届き、麻之助は律儀にでかけるのですが、全て待ちぼうけをくらわせます。ここに、身籠っている「お寿ず」が体調を崩してしまったり、清十郎の町内で、町入用に使うための金が不足していることが判明したりといった事件が絡んできます。
少し、ネタバレすると、「お寿ず」の旧友が関係しているのですが、その旧友からもたらされた悪意が「お寿ず」の病状に影響しているのは間違いないですね。

第四話の「おとこだて」では、第三話ででてきた「お寿ず」の幼馴染・お高が再び「お寿ず」の悪口を広めているのですが、その絡みで、夏三郎という若い武家が武家の妻女を騙して金を巻き上げているという噂をききつけます。ところがこの「夏三郎」という武家の現物は「ヘチマ」のような長い顔で、とても噂のようなイケメンではありませんが、彼に騙されたと噂の女性で旗本の奥方の「みや」様の離縁騒動にまきこまれることとなります。
ただ、「みや」様にDVを繰り返す夫・笠間には、「みや」を離婚できない理由があって・・という展開です。

第五話の「鬼神のお告げ」では、庚申待の日に眠ると身体から出ていって天帝に、宿主が隠している悪行を告げに行くといわれている「三戸の虫」のお告げに従って買った富籤が「一の富」六百両が当たった男・駒吉からの相談事に巻き込まれます。なんでも、この一番富に関係した人のなかから急死する人物がでるという、新たなお告げがあった、というのですが・・という展開です。

第六話の「こいわすれ」では、大手の高級料理屋・北国屋の娘・お千夜の結婚話にまつわる相談です。「北国」というからには、吉原あたりにも料理を出しているんでしょうか。
このお千夜は、母子二人で商いをしている古着屋の若主人に惚れて、結婚まで話がまとまりそうになったのですが、突然、相手方から、暦をみると、この婚姻は不吉だという卦がでているので破談にしたいと申し入れられます。
娘は、その不吉なことが書いてある暦がどんなものか調べているうちに神田川にかかる柳橋のところで欄干から落ちてしまうのですが、助けにいった麻之助も一緒に川に落ちてしまい、近くにいた船の船頭たちに助けられるという顛末ですね。
麻之助はこれが縁で、お千夜の縁談を破談にした暦を調べ始めるのですが、どの暦屋にもそんな暦はありません。そもそも、暦というのはそんなにバリエーションがあるものでもなく、縁談をぶちこわすような不吉なことをあからさまに書いた暦はないはずなのですが・・という展開です。

ちなみに、第五話・第六話のところでは、最初は訳ありながら、今は仲良く暮らしている麻之助・お寿ず夫婦が引き裂かれる事態が生じるのですが、詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言

本巻の第一話ででてくる本所の七不思議の一つ「置いてけ堀」のほかの六不思議がなにかということについては諸説あるのですが、墨田区のHPを見ると

①夜中に耳をすますとお囃子が聞こえるのだが、遠くにも近くにも聞こえてどこで鳴っているかはわからないという「狸囃子(「ばかばやし」ともいいます)」
②夜道で前方にちらちらと提灯の明かりが見えるのだが、近寄ると消えてしまい、再びまた前方に現れるという「送りちょうちん」
③本所にあった平戸新田藩松浦家の上屋敷の庭にある、一枚も葉を落とさない「落ち葉なき椎」
④これも本所にあった弘前藩津軽越中守の屋敷の火の見櫓には、通常、火事の時にならす「板木」ではなく「太鼓」がぶら下がっていて、火事のときにはこの太鼓をならすしきたりとなっている。その謂れは誰も知らないという「津軽の太鼓」
⑤両国端付近にあった入堀に生えている「葦」は、どれも片側にしか葉がでていないという「片葉の葦」
⑥本所南割下水付近にでている二八蕎麦の屋台のうちの1軒はいつ行っても店の主人がおらず、誰も給油していないのに一晩中灯っているという「消えずの行灯」

となっています。

ただ、七不思議の候補としては⑥の逆で、店先の行灯が常に消えていて、それを点けると怪異が現れるという「燈無蕎麦(あかりなしそば)」や割下水付近を火の用心の拍子木を打って夜回りすると、後ろから同じよう拍子木の音が追いかけてくる「送り拍子木」、あるいは、本所三笠町にあった味野という旗本の上屋敷では、毎晩夜になると「足を洗え」という声とともに天井を突き破って剛毛が生えた巨大な足が降りてくる。言われたとおりに洗ってやると何事もなかったように消えていく、という「足洗い屋敷」といったものもあるので、どういう組み合わせになるかは「置いてけぼり」以外は人によって違っているようです。中には、七番目の「不思議」は定まっていない、と主張する人もいるようです。

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