憧れの人の「想い出」には、記憶の「書き換え」と思いやりが隠れていた=辻堂ゆめ「あなたのいない記憶」

「いなくなった私へ」で、不思議な泉の水の力で蘇った人気歌手が自らの死の秘密を暴くオカルト・ミステリーや、NHKで夜ドラ化された「卒業タイムリミット」といった青春ミステリーをおくり出している筆者による、人の記憶をテーマにした心理学ミステリーが本書『辻堂ゆめ「あなたのいない記憶」(宝島社文庫)』です。

本書の紹介文では

約十年ぶりに再会した優希と淳之介。旧交を温める二人の会話は、二人の憧れの人物「タケシ」の話になった途端、大きく食い違い始める。タケシをバレーボール選手と信じる淳之介と、絵本の登場人物だという優希。記憶に自信が持てなくなり、戸惑う二人は心理学者の晴川を訪ねるが、どちらの記憶も「虚偽記憶」――他人の“明確な意図で”書き換えられた噓の記憶だと告げられる。

となっていて、故郷・高知を離れて東京で学生生活をおくる二人の男女の虚偽の「記憶」を辿っていくと、そこに隠されていた「悲恋」と想い人への「思いやり」の存在が明らかになっていく物語です。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 キングのだいぼうけん
第二章 晴川カウンセリング室
第三章 嘘がきこえた日
エピローグ あかりノート

となっていて、冒頭では、東京の名門校・東慶大学の入学式の後のサークルの勧誘活動の喧騒の場面から始まります。今年の新入生で、チェスで世界一になることを夢見る女子学生「新見優希」が、バレーボール部のマネージャーの勧誘で、同じ高知県の出身で、子供の頃、絵画教室で一緒だったバレーボール部の「岡本淳之介」に出会うシーンから始まります。

広い東京で同じ大学に入学し、偶然出会った二人は、互いの思い出を語り合い、憧れの人が同じ「タケシ」という人物であることを打ち明け会うのですが、淳之介の「タケシ」が日本代表となっているバレーボール選手であるに対し、優希の「タケシ」は、チェスの世界王者となる男の子を描いた絵本の主人公です。互いの記憶をもとに絵画教室のことを調べる二人なのですが、それぞれの記憶がところどころで事実と異なっていることがわかってきます。

その二人の記憶は、淳之介には、有名バレーボール選手の動画と手紙がおくられてきたことと、優希にはチェスの政界王者となる男の子の絵本が送られてきたことが源となっているため、二人は通っていた絵画教室の先輩(吉江京香)を探して訪ねて、真相を確かめようとするのですが、という筋立てです、

これと並行して、物語は絵画教室に通っていた吉江京香と「タケシ」の話が語られます。京香と「タケシ」は仲のいい同級生だったのですが、絵画教室が火事になった際に、タケシが火事の中に飛び込んで、京香の描いた入選作の絵を救い出してくれたことがあったのですが、その後、タケシは父親の仕事の関係で東京へ転校してしまい、会う機会がほとんどなくなっています。そして、京香が東京の大学に進学してきた時には、引き籠り状態になって京香とも会わない状態が続いていて、京香は火事の時の出来事が遠因ではと気に病んでいるといるという設定ですね。

そして、京香から紹介された心理カウンセラーの晴川によって、淳之介と優希の「記憶」は誰かによって作り上げられた「虚偽記憶」であることがわかり、さらには絵画教室の先生・永坂寿美子には、「剛」というバレーボールとチェスが得意な男の子がいたことがわかります。

この「虚偽記憶」を作り出した犯人は、「タケシ」の仕業なのか、そしてその目的は何なのかをつきとめるため、淳之介と優希は、「タケシ」こと絵画教室の息子の「永坂剛」のとう東京に転向してからの中学・高校・大学生活のことを調べ始めます。

ところが、そこでは高知時代、優等生でスポーツマンで人気者であった「タケシ」の姿はどこにもなく、暗く、感情的で、バレーボールの才能を認められながらスランプになってドロップアウトし、引き籠りとなったエピソードばかりが明らかになっていきます。

いったい、「タケシ」に何が起きたのか、淳之介・優希・京香は調べたエピソードや事実を、心理カウンセラーの晴川に相談します。

そこで、晴川の導き出した真相は、絵画教室の火事現場に飛び込んだことに誘発されておきた、ある悲しい病変で・・という展開です。

小学生に作為をこらして虚偽記憶を植え付けた「タケシ」のやりかたに最初はイヤな感情をもつ読者が多いかと思うのですが、悪感情を引き出したところで、ドンデン返しをかましてくる作者の手練は見事ですね。

あなたのいない記憶 (宝島社文庫)
約十年ぶりに再会した優希と淳之介。旧交を温める二人の会話は、二人の憧れの人&...

レビュアーの一言

今巻の謎解きの重要なカギとなるのが「虚偽記憶」なのですが、虚偽記憶は、犯罪の目撃証言や幼少期の体験記憶で発生する事例が「ロフタス「抑圧された記憶の神話」(誠信書房)」などに紹介されているのですが、本書によると、けして珍しいものではなく、一旦、脳の中に記憶されたものが、後からの情報によって変質してしまうもので、多くの場合、意識せずに生じてしまうようですね。

ただ、今巻のような「心理ミステリー」の場合は別として、通常のミステリーで、これを多用されると、謎解きの手がかりになる「証言」が信用できないことになるので、ミステリーでは最小限の活用に留めておいてほしいところです。

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