明晰夢の悪夢に隠されたラブストーリーを読んでみませんか=辻堂ゆめ「今、死ぬ夢を見ましたか」

「いなくなった私へ」で、不思議な泉の水の力で蘇った人気歌手が自らの死の秘密を暴くオカルト・ミステリーや、NHKで夜ドラ化された「卒業タイムリミット」といった青春ミステリーをおくり出している筆者による、明晰夢をテーマにしたオカルト・ミステリーが本書『辻堂ゆめ「今、死ぬ夢を見ましたか」(中公文庫)』です。

本書の紹介文には

井瀬は電車の中で、駅のホームから何者かに突き落とされて親友の五味淵と共に死ぬ夢を見た。隣に乗り合わせた女子高生・紗世は夢の内容を当て、さらに自分も同じように電車に轢かれた夢を見たことがあると告白する。電車で見た夢は必ず自分の身に起こると言う紗世の言葉通り、夢は次々と現実になり。

とあって、明晰夢によって、自分が事故死するシーンを見た主人公が、それを何とか回避できないかと自分を突き落とす人物をつきとめようと奔走していきます。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一部 最期の日
第二部 選択
第三部 明晰夢の向こう

となっていて、冒頭では、本篇の主人公・井瀬が、花火大会で賑わうホームで線路へ転落した事故で足止めをくらっている車内で居眠りをしていたところ、その時からちょうど半年後、東海道線の鴨宮駅のホームで親友の五味淵と一緒に線路内へおちて電車の撥ねられたり、中学校時代の同級生・粕谷拓実の腹をナイフで刺す夢を見る所からスタートします。鴨宮駅はJR東日本の駅で、東海道線、上野東京ライン、湘南新宿ラインの電車が停車する一日当たりの乗降客1万人ぐらいの駅ですね。

自分がはねられる夢に驚いて目を覚ました井瀬の隣のボックス席に座っていた片岡紗世と名乗る女子高生が、その夢は、夢だとわかっていながら見る「明晰夢」というもので、内容は電車にぶつかって死んでしまう夢ではないか、と話しかけてきます。そして、彼女もそういう夢を最近よく見るのだが、それは未来に起きることを見た「明晰夢」で、変えようと思っても変えられないのだ、と奇妙なことを言ってきます。

紗世という女子高生の言う奇妙なことにはとりあわなかった井瀬なのですが、翌日の通勤電車で鴨宮駅のホームで自動販売機の入れ替え作業をしている業者が開け放った外扉にぶつかりそうになった夢を見、それが実際に起きたため、電車の中でみる夢が本当に予知夢ではないか、と疑いをはじめ・・という筋立てです。

この電車内で偶然会い、夢について奇妙なアドバイスをする「片岡紗世」とはその後も通勤電車の中で偶然(?)に何回か会うこととなり、彼女から彼女の見ている夢の内容を教えてもらうこととなります。

それによると、彼女は七年後に、横浜駅を中学校時代から憧れていた男性と駅のホームを歩いていたところ、ホームから落ち、電車に撥ねられて死亡する夢をみているのですが、その運命をかえようと、横浜駅を使うことを止めたり、電車の通学をやめたりと試みるのですが、電車事故にあう駅が変わったり、駅近の踏切で死ぬシーンになったり、と電車がらみの事故で死亡するのは変わらず、さらに未来をかえようとするほど、その未来がどんどん悲惨になってくるのだ、と井瀬に告げます。

ただ、これが未来の姿を夢でみたものだとすると二か月後に電車事故で死んでしまう井瀬としては他人事ではないわけで、自分をホームから突き落とす人物を探そうと動き始めます。その夢では高校の時からの親友である「五味淵」と一緒に事故死するので、彼と現在やっている、高校生の奨学金の寄付者を集めるNPO活動の関係者ではないかと疑ったり、井瀬がグレて、五味淵と悪さを繰りかえしていた時の関係者を調べ始めるのですが手掛かりはみつかりません。一番怪しいのは、電車事故の夢と同時にみる中学校時代の同級生・粕谷で、その本人が井瀬に接触してきます。

五味淵は、粕谷は多額の借金を背負っているらしいので井瀬から金を引き出そうとしているのでは、と忠告してくれるのですが、その忠告を無視して会った、粕谷からは五味淵は大学時代、複数の女性から金を貢がせたり、暴力沙汰を起こしたり、ロクな噂を聞かなかった人物なので、彼と一緒に働くのはやめたほうがいいと忠告してきます。誰の言うことが真実なのか、といったところですね。

さらに、久々にあった紗世からは、「過去の夢」「未来の夢」から発展して、自分の「死後の夢」を見るようになることと、無理に未来を変えようとすると、思ってみない方向に未来が変わってしまうということを教えてもらいます。彼女は当初見た夢の中では、中学生時代に憧れていた先輩と付き合い始め、さらに婚約するまでの仲になるのですが、未来を変えようとしたために、その先輩が不登校になって会えなくなってしまい、婚約者は別の男性になってしまった、と打ち明け、未来を変える怖さを井瀬にアドバイスしてきます。

しかし、なんとかして電車事故死を食い止めるため奔走する井瀬は、そのうち、五味淵とやっているNPO事業の闇の部分と、井瀬が少年刑務所に入る原因となった父親殺しの真相に気付いていくこととなります。

そして、電車事故死の日が迫る中、井瀬は、紗世の秘密も知ることになるのですが、それは彼女が「変えてしまった未来」が井瀬と関わっていたもので、という展開です。

予知夢をテーマにしたオカルト・ミステリーが、終盤に向かうにしたがって、突然、恋愛ミステリーに転じていく作者の腕の冴えに驚くと思います。

Bitly

レビュアーの一言

本篇ででてくる「明晰夢」というのは、「自分が夢を見ているのだ、という意識のもとで見る夢」のことで、テクニックを身に付ければ、「夢をコントロールする」ことも可能になり、現実世界の自分の劣等感を克服したり、スキルを身に付けるためのイメージトレーニングに活用したり、といったこともできるのではないかと言われています。

そのためには、夢の中で何をしたいか明確にしたり、夢日記をつけたり、「目覚ましを通常より2時間ほど早くセットしておき、30分から60分の間、脳に過剰な刺激を与えることは避けながら、起きた状態を保つ」という「Wake back to bed(WBTB)テクニック」をつかったり、というのが有効なようですが、一方で「睡眠障害」に陥る危険性もあるので、実践する時はくれぐれもご注意くださいね。

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