生活保護の不正受給の影の真の敵を見つけ出せ=柚月裕子「パレートの誤算」

瀬戸内海に面した、古くはこの地域の念義妹の積み出し港として賑わい、戦時中は軍艦の建造のため多くの港湾労働者が集められた、という歴史をもつ、今では人口二十万の静かな港町を舞台に、市役所の福祉担当のケースワーカーが火事に巻き込まれて死亡した事件をきっかけに、生活保護の「暗部」が暴き出されていく、社会派ミステリーが本書『柚月裕子「パレートの誤算」(将伝社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

物語は、主人公となる、市役所の生活保護を担当する社会福祉課の臨時職員である「牧野聡美」が、同僚たちと一緒に六月の生活保護費の支給を行う場面から始まります。
聡美は、この春に市役所に採用になった若手職員で、亡き父が市役所の公務員であったこともあって、大学の専攻でもある児童福祉か介護福祉の仕事がしたくて入庁したのですが、思いもかけず生活保護の担当に回され、とまどいと生活保護費をギャンブルに費消してしまう一部の受給者に嫌悪感をもちながら仕事をしている、という設定です。

ただ、仕事である以上、それを表面に出すこともできない中、生活保護やそれにかかわるケーズワーカーの仕事の遣り甲斐をレクチャーしてくれるのが、職場の先輩の「山川」というちょっとイケメンの男性職員なのですが、彼が単独でケースワーカーに出た先のアパートの空室で、住宅火災に巻き込まれるのですが、山川は火事の前に殺されていたことがわかります。事件は放火殺人事件として捜査が始まり、聡美の勤務する市役所にも刑事たちが捜査にはいるのですが、山川は市役所職員の収入に釣り合わない高級時計のコレクションをもっていることが明らかになります。

山川が担当していた生活保護受給者で火事になったアパートに住んでいた「金田」という男性が火事以降、行方不明になっているのですが、彼についていい噂を聞かないうえに、このアパートに、暴力団関係者らしき男が何度も出入りしていたということもわかってきます。
聡美は、同じ課の同僚・小野寺とともに亡くなった山川の生活保護のケースワークの一部を引き継ぎ、このアパートに住んでいた生活保護受給者たちから、山川の様子を聞き出し始め・・といった展開です。

そして、受給者たちの聞取りを始めていくうちに、その一人の女性・安西佳子という女性の生活保護認定に関して、病院の診断の不審な点が見受けられるのと、彼女のもとへ暴力団関係者の前夫が出入りしていることをつきとめ、その病院の患者についてさらに詳細を調べ始めます。すると、その暴力団の縄張りの中に住んでいる受給者のほとんどがその病院の受診者で、支給されている医療圏のほとんどがその病院で使われていることもわかります。
さらに、行方不明になっていた「金田」も、聡美にこれ以上、安西に関わるなという警告をした後、殺されていることがわかり、一挙に連続殺人事件に発展していきます。

主人公の聡美は、山川と金田の連続殺人の影に、暴力団が糸を引く生活保護費不正受給が隠れていると考え、調査を進めようとするのですが、市役所の担当部長と直接の上司の社会福祉課長は、不正受給のことがマスコミにバレれば大事になる、と彼女たちを生活保護の担当から外そうとします。
新しい担当者への引き継ぎをするため、山川の使っていたパソコンを整理しようとした時、PC内にロックされたフォルダの存在に気が付きます。これが山川殺人の手がかりになると推測した聡美は、それをUSBに格納し、警察へと届けようとするのですが、市役所の駐車場で彼女を待ち伏せしている男たちがいて・・と展開していきます。

山川たちを殺した犯人は、聡美の独自調査に対して、動きを察知してあらかじめ手をうってくるので、市役所内に彼らと通じている人物がいるようなのですが、それが誰なのかも謎解きの鍵となってきます。

最後のところでは、犯人によって拉致された聡美の救出劇のアクションシーンが展開されているので、緊迫するそのあたりもお楽しみに。

Bitly

レビュアーの一言

本巻は生活保護の不正受給を巡る殺人事件がテーマなのですが、その裏側には作者のある未来を期待するメッセージが隠されています。それは、あの蟻の集団の20%は働かない蟻で、その蟻を除いても、新しい20%の働かない蟻が出現するという、パレートの法則を皮肉るような生物実験に対するアンチメッセージなのですが、詳しいところは原書のほうでどうぞ。

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