「准教授 高槻彰良の推察3ー呪いと祝いの語りごと」=「不幸の手紙」と「鬼殺し」に隠された”闇”を解き明かす

一度見たら全てを記憶する「瞬間記憶」と抜群の観察力、そして子どもの頃に誘拐されたことによるトラウマを抱える、東京都千代田区にある青和大学で民俗学を教える准教授・高槻彰良と、幼い頃の怪奇体験から人の嘘が歪んで聞こえる異能を持ってしまった青和大生・深町尚哉が、民俗学の知識を遣いながら、世の中で不思議現象といわれているものに隠されている「真実」を解き明かしていく民俗学ミステリー「准教授 高槻彰良の推察」シリーズの第3弾が本書『澤村御影「准教授 高槻彰良の推察3ー呪いと祝いの語りごと」(角川文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 不幸の手紙と呪いの暗号
第二章 鬼を祀る家
【extra】それはかつての日の話

となっていて、第一章は新年の一月から二月頭にかけての秋学期試験の頃のお話です。まず、相談を持ちかけてきたのは、人のつく「嘘」がわかるため、他人と関係をもつことを極度に制限している本シリーズの主人公の一人、深町尚哉の数少ない「友人」である大学の同級生・難波要一から持ち込まれた「不幸の手紙」の呪いを解いてほしい、という依頼です。

難波は、いつの間にかカバンの中に入っていた「この手紙と同じものを三日以内に五人の人に送らないと不幸が訪れる」という定番の不幸の手紙を破って捨ててから、街を歩いていると植木鉢が落ちてきたり、アパートの階段から落ちたりと不運が続いているというのです、
相談を受けた高槻は、まだ不幸の手紙の期限内であることを確かめると、4つの折り紙の「やっこさん」を形代にして手紙を出させるとともに、残りの一人は自分に宛てて手紙を出させるのですが、この意図は・・という展開です。

この「不幸の手紙」パターンの謎解きはこれだけではなくて、本筋となるのは、「図書館のマリエさん」という呪いです。これは江東区の図書館に伝わっているもので、図書館内の本のなかに、血のように赤いインクでページの隅に、4つの数字の組み合わせが書かれているのですが、暗号を見つけたら本を閉じて、ある呪文をとなえないと呪われてしまうというものです。呪いの内容はいろんな話があって決まっていないのですが、今回、この図書館を利用していた女子中学生が、その暗号を見つけてしまい・・という筋立てです。

この呪いの「主」となる「マリエさん」というのは昔、この図書館を利用していた女子高校生で、事故に遭って急死し、その後、この図書館に取り憑いてしまった、ということなのですが、図書館の職員に聞いても、この都市伝説のことは聞いたことがない、と主張します。しかし、一人の若い女子職員が「嘘」をついているのを、尚哉が彼の「嘘が歪んで聞こえる」という特異能力で見抜くのですが、彼女が語った真相は・・という展開です。
すこしネタバレしておくとこのシリーズには珍しい「悲恋物語」となっています。

二番目の「鬼を祀る家」では、高槻研究室の院生・生方瑠衣子の両親が経営しているペンションを経営している山梨の山中でおきる話です。そのペンションの近くには鬼を祀っている「鬼の洞窟」というものがあるらしく、その場所を瑠衣子に聞いて訪れた高槻と尚哉・佐々倉は、その祠の中で、子どもたちが最近起きた地震で地表にでてきた「鬼のしゃれこうべ」を見つけたと騒いでいるところに遭遇します。

そのしゃれこうべは「鬼」のものではなく、人間のものらしいので警察の鑑識に回すのですが、鬼の祠を昔から祀ってきた「鬼頭」という家の主人の老人に咎められます。その老人は、その骨は「鬼神さま」のものだと主張して譲らないので、高槻たちは、老人と同居している、老人の息子の妻とともに、彼の説得をするとともに「鬼伝説」を調べ始めるのですが・・という展開です。

その「鬼頭」の家は、息子は都会で職を得ていて、この田舎には帰るつもりをなくしているようなのですが、独居の父親の体調が悪いため、妻が帰郷して世話をしているという家庭環境なのですが、調査を進めるうち、高槻は老人が隠している家庭内の秘密に気付き・・という展開です。

少しネタバレすると、「よそ者」を殺して村の役にたてる「六部殺し」の変形バージョンがこの「鬼の祠」の正体ですし、この鬼頭の家の秘密にも影を落としています。

最終話の「それはかつての日の話」では、高槻と佐々倉の出会いと、彼らが少年期に経験した怪異が描かれています。二人の関係の深さを物語るエピソードをお楽しみください。

Bitly

レビュアーの一言

第3巻での民俗学的うんちくは、外国から伝わった時は「幸福の手紙」であったのが、「不幸の手紙」に転じる話や、「不幸の手紙」の連鎖を断つと不幸が訪れるからくりも興味深いのですが、注目しておきたいのは、日本各地に伝わる「鬼退治伝説」の真相で、本書では

共同体の外部からやってくるもの、つまりはよそ者。それが「異人」です。この国において、よそからやってくるものに対する対応は主に二つ。歓待するか、あるいは殺してしまうかです。歓待されればそれは神として扱われます。・・・では、殺されてしまった場合はどうでしょうか。ーそれはそれで福をもたらすんですよ。だから異人は殺される

として、「異人殺し」の対象となって殺された旅人や巡礼僧を殺した罪悪感をなくすため村を脅かす外敵=鬼とされたのでは、と推測しています。地方史の闇的なところですが、興味深い話ですね。

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