家裁にもちこまれる事件や相談には切ない真実が隠れている=柚月裕子「あしたの君へ」

離婚や遺産相続のもめごとなど家庭内の事件の裁定や調停、少年の非行事件の審判を扱う家庭裁判所で、裁判官や調停委員が裁決や調停の判断を行うため、少年や相談者との間にたって、事件の真実を調べアシストするのが「家裁調査官」。この家裁調査官の見習いとして九州にある家庭裁判所で研修をする「家裁調査官補」、通称「カンポ」ちゃんが担当する事件の裏に隠れた真実を見抜き、自らも成長していく「お仕事ミステリー」が本書『柚月裕子「あしたの君へ」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

第一話 背負う君(十七歳 友里)
第二話 抱かれる者(十六歳 潤)
第三話 縋る者(二十三歳 理沙)
第四話 責める者(三十五歳 可南子)
第五話 迷う者(十歳 悠真)

の五篇。主人公となるのは、九州の福森家庭裁判所で調査官補の修習生活をおくる「望月大地」という大学をでて、合同研修を済ませて、実務研修にはいったばかりの22歳の青年。彼が1年あまりの研修で事件を起こした少年や、離婚調停などの相談者の隠れていた事情を知り、事件の謎解きをしながら、調査官として成長していく姿が描かれています。

まず第一話の相談者は、ラブホに被害者を誘い、被害者がシャワーを浴びているうちに財布から金を盗み取った「鈴川友里」という17歳の少女です。彼女は高校には通っていなくて、コンビニでバイトをしながら、母と妹と暮らしています。妹は中学をでてひきこもりとなり、母親も勤めてはいるものの収入は低く、一家の暮らしは豊かではないようです。現金を稼ぐためか、友里はこうした窃盗のほか、下着の売買もやっているようなのですが、担当となった大地が事件の動機や稼いだ金の使いみちなどを聞いても何も答えず、さらに面談の時刻にも度々遅刻してきます。

このため、詳しい事情を聞こうと、家族の住む住所を尋ねると、なんとそこは「ネットカフェ」。友里一家三人は長期滞在プランで、ネットカフェに「暮らして」いたようで、さらの友里は稼いだ金で遊んでいる形跡もありません。少し、ネタバレをしておくと、友里は家庭の生活費と妹の医療費を稼ぐために、犯行を重ねていたのですが、この事実をしった大地が友里に対して下そうとするする処分に対し、裁判所の上席の調査官が下した処分は全く逆で・・という展開です。

自分を犠牲にして家族を支えてきた女の子が、大地が厳しすぎると思った処分にどうあ反応したかが意外などんでん返しです。

第二話は、16歳の男子高校生「星野潤」がおこしたストーカー暴行事件です。
その高校生「星野潤」は県内でも有数の進学校に通う男子生徒なのですが、市内の別の高校に通う女子高生と知り合い、交際を始めます。ところが、交際を始めてから二ヶ月後、女子生徒から別れを告げられた彼は、その女子生徒へのつきまといをはじめ、これが脅迫にエスカレートし、ついにはカッターナイフで障害未遂をおこしたというものです。

大地が面談すると、星野はストーカー行為について素直に反省して、被害者への謝罪もし、二度とやらないと発言します。また、潤の母親も息子の悪いところは直す、と事件を反省している様子です。

親子とも、犯罪に対して真摯にむきあう「優等生的」なところを感じる大地なのですが、調査をすすめると、学校でも「優秀な成績」ろ母親から聞いていた潤が出席日数ぎりぎりで、成績のほうも芳しくなく、さらに、仕事が忙しいので面談の時間がとれないと聞いていた潤の父親がすでの二人とは別居していて、父親は潤とは1年半以上も会わせてもらっていない、という事実を知ります。

現実を嘘で覆い隠す親子の目的は、そして、素直に反省しているように見える二人の真意は・・ということで、優等生親子の見た目と本心とのギャップがエグいです。

このほか、家裁調査官として適性がないのでは、と悩む主人公が、親権を争っている同級生から思わぬエールを贈られる話(「縋る者」)や、人当たりのいい真面目な夫の真実の姿が離婚調停の中で明らかになっていく話(「責める者」)や、突然、母親がいいだした離婚調停で翻弄される子供の姿と、子供の出生の秘密が明らかになっていく話(「迷う者」)など、調停や少年事件の陰に隠れていた切ない真実が語られていきます。

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レビュアーの一言

家庭裁判所の調査官、しかも、その見習い、という縁の下で様々な物事を支えている公務員の話ということで、派手さや事件解決の爽快さといったものは少ないのですが、心に沁みる話が多いですね。

刑事モノのようなアクションドラマやスパッとした推理劇にはならないでしょうが、お仕事ミステリーとしてドラマ化が期待される作品です。

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