戦前の「魔将棋」が生んだ詰将棋図式がもたらす失踪事件の謎を解け=奥泉光「死神の棋譜」

江戸幕府の崩壊によって将棋の家元制度が崩壊した後、明治末期から大正時代にかけての新聞の将棋欄記事によって将棋人気が沸騰し始めていたころ、北海道を根拠地にして新興宗教と深い関りをもっていた「棋道会」という将棋団体のつくった「詰将棋」が、将棋の奨励会でプロ手前にある青年たちを惑わし、死に導いていく謎を解く将棋ミステリが本書『奥泉光「死神の棋譜」(新潮社)』です。

本書の紹介文によると

名人戦の日、不詰めの図式を拾った男が姿を消した。
幻の「棋道会」、美しき女流二段
盤上の磐、そして将棋指しの呪いとは。
圧倒的引力で読ませる前代未聞の将棋ミステリ。

とあって、なんだかおどろおどろしい「ホラー・ミステリ」ぽい紹介がされています。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 名人戦の夜
第二章 地下神殿の対局
第三章 謎への旅程
第四章 仮設と告白
第五章 死神の棋譜

となっていて、時代的には2011年、第69期将棋名人戦七番勝負の第四局が行われた日の夜、対局のあった青森県から遠く離れた東京・千駄ヶ谷の将棋会館へ、以前は将棋の奨励会に属してプロを目指していたのですが挫折し、今はフリーライターをしている、本巻の語り手となる「北沢」が訪れるところから始まります。

彼が訪れた時には、すでに名人戦をはじめとする当日行われた対局の「検討」はすべて終わっていたのですが、将棋会館にはまだ棋士たちが居残り、昼の持ち込まれてきた「詰将棋」を解こうとしているところに出くわします。

その「詰将棋」は、夏尾三段というプロ一歩手前で足踏みしている棋士で、彼が千駄ヶ谷駅から将棋会館に来る途中に立ち寄った、近くの「鳩森神社」で、神社にある「将棋堂」の戸に刺さった弓矢に結びつけられたいたのを発見したという代物のようです。

その詰将棋はなかなかの難問らしく、昼にもちこまれてから何人かの棋士が挑戦したですが解けず、「不詰め」つまりは正解はないのでは、という声もあがってきていたのですが、そこに偶然居合わせた、北沢と同じようにプロを目指して挫折して今は作家となっている「天谷」という人物が、自分は22年前にこの詰将棋の図式と同じものをみたことがある、と言い出します。

彼は昔みたその図式は、北沢や夏尾と同じようにプロ一歩手前で足踏みしている十河という三段の後輩棋士だったのですが、彼はその図式に魅入られたようになり、その図式がかつて北海道にあった新興宗教と合体した「棋道会」という将棋組織が考案し、東京の棋士たちに挑戦状のようにおくりつけてきたものであることをつきとめます。そして、その詰将棋が通常の将棋では「不詰め」なのですが、「棋道会」の代表者が考案した、将棋の真理を体現した「龍将棋」という新しい将棋では解けたらしい、ということを口にし始めたころ、行方不明となってしまいます。このため、兄弟子である天谷が、十河はひょっとしたら行ったかもしれない、棋道会の昔の根拠地である北海道の「姥谷」へ出向くと、そこで地下の坑道の中に広がる不思議な世界を目撃することになるのですが・・、という筋立てです。

この不思議譚が現実なのか、天谷のみた夢なのかはイマイチはっきりしないところなのですが、再び「棋道会」の詰将棋を神社で発見して、将棋会館に持ち込んだ「夏尾三段」が、十河三段と同じように行方不明となってしまいます。

北沢は半信半疑ながら、天谷と同じように棋道会の根拠地であった北海道・姥谷へ行き、北海道で偶然合流した、夏尾の妹弟子である「玖村麻里奈」という女流二段とともに、棋道会と合体した新興宗教団体のあった神殿跡の坑道に入るのですが、そこで坑道内で転落し、底に溜まっていた二酸化炭素で窒息死している「夏尾」の死体を発見し・・と物語が動いていきます。

夏尾が北海道に行った真の目的は何か?そして本当に事故死なのか。そして、棋道会は本当に壊滅しているのか、はたまた、20年前に最初の「棋道会の詰将棋」をみつけだした十河が生存しているのでは、といった謎に、夏尾失踪事件をきっかけに、恋人関係になった「北尾」と「玖村女流二段」が挑んでいくのですが、実はそこには意外な秘密が隠されていて・・という展開です。

少しネタバレしておくと、美人を簡単に信用してはいけないようですね。

死神の棋譜
死神の棋譜

レビュアーの一言

今巻の事件のキーワードとなるのが、「棋道会」あるいは「魔道会」という架空の将棋団体が考案する「龍将棋」あるいは「魔将棋」という、現在主流の将棋より駒数の多い「中将棋」と言われるものなのですが、16世紀頃は現在の将棋(小将棋)より流行っていたようですが。江戸時代になると庶民の主流が小将棋となったために廃れていき、ほそぼそと京阪地方にだけ伝わり、第二次大戦後はその伝統が絶えようとしていたところを、岡崎史明棋士や大山永世名人が復活させ、今もネット上では対戦も行われているようですね。興味のある方は「日本中将棋連盟」のHPに中将棋のルールや定石、棋譜とかがでていますので、ご紹介まで。

【スポンサードリンク】

コメント

タイトルとURLをコピーしました