幕府の行方を左右した「薩長同盟」の陰に殺人事件あり=伊吹亜門「雨と短銃」

徳川幕府が転覆するにいたった要因として、それまで互いに仇敵として憎み合っていた薩摩と長州が手を結び、薩長同盟として幕府に叛旗を翻し始めたことがその重大な一つであることは間違いありません。

その「薩長同盟」が結ばれようとする直前、その周旋にあたるため京都に滞在していた坂本龍馬の目の前で、長州藩士が何者かに斬られ、瀕死の重傷を負うという事件がおきます。

犯人によっては、薩長同盟の成否にもかかわる大事件に直面して、坂本龍馬が探偵役として頼ったのが、尾張藩公用人の「鹿野師光」です。

新政府と旧幕府の対立が残る幕末から、没落した士族の不満の溜まっている明治初期の京都で、初代司法卿となった「江藤新平」の周辺でおきる難事件の謎解きがされる「刀と傘 明治京洛推理帖」の前日譚にあたる時代ミステリが本書『伊吹亜門「雨と短銃」(東京創元社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章に代わる四つの情景
第一章 龍馬が来た
第二章 村雲稲荷
第三章 菊水を追え
第四章 明保野亭にて
第五章 黒と白
第六章 無残
第七章 鹿ケ谷騒動
第八章 六畳数珠屋町の血戦
第九章 急転
第十章 三条小橋の二人
第十一章 友の死
終章にかわる四つの情景

となっていて、冒頭のところでは、坂本龍馬の周旋で、いままでのことを腹の奥におしこめて、倒幕の密約へ事を進めようとする、薩摩の西郷隆盛と長州の桂小五郎の姿が描かれます。物語の時期的には、長州が高杉晋作らの攘夷派が藩の実権を握るなか、第一次長州征伐で苦境に陥った状態、薩摩は薩摩で禁門の変などの幕府への貢献にもかかわらず、幕政改革に自藩の意見が通らない閉塞状態、ということで、二藩の不満と苦境が龍馬によって一つに束ねられた、というところです。

ただ、西郷や桂など両藩の重鎮が早々に会談するというわけにもいかず、それぞれが交渉の窓靴となる藩士を選定し、両者で連絡をとらせあうのですが、そこで事件がおきます。

事件がおきたのは、西陣にある村雲稲荷の境内。そこで、長州藩の小此木鶴羽という侍が斬られ、瀕死の重傷を負って倒れているのが、坂本龍馬によって見つけられます。そして、小此木の近くには、薩摩藩士の菊水簾五郎という侍が血で濡れた白羽織を着て呆然と立っていたのですが、坂本たちに気づいて拝殿のほうへ向かって逃げ出し、姿を消してしまいます。

坂本たちは菊水をおいかけるのですが、拝殿の角を曲がって、鳥居道に入ったところで、忽然と姿を消してしまいます。鳥居途の出口には、老人が竹箒で掃除をしていたのですが、ここには誰もこなかった、と主張します。

倒れていた小此木は「簾五郎・・」という言葉を残して意識を失ってしまったのですが人斬りの第一の容疑者とそて菊水が疑わるのは間違いないのですが、彼はどうやって坂本たちを捲いたのか、という謎がでてくるわけです。

さらに、小此木、菊水とも、今回の薩長の密約の交渉窓口を務めていた侍たちで、この時期に、薩摩藩士が長州藩士を斬ったとなると、薩長の密約は「水の泡」となって雲散霧消してしまうのは間違いありません。

薩長同盟を、幕末の政治情勢を大転換する切り札と考えている龍馬としては、この密約を駄目にするわけにはいかず、ここで、薩摩にも長州にも、さらには幕府や朝廷にも顔の利く、尾張藩の公用人「鹿野師光」に、犯人捜しと事件の真相究明の探偵役を頼むのですが・・という筋立てです。

幕末の京都で多くの人脈を有する鹿野師光は、それを駆使して捜査を進めていくのですが、諸藩の思惑がそれぞれ交錯するとともに、長州、薩摩の中も一枚岩ではない上に、坂本龍馬や攘夷志士の捕縛を狙う土方歳三たち新選組も絡んできて、一筋縄ではいかない捜査展開となっていきます。

さらに、鹿野師光も何者かに銃撃されたり、薩摩藩の人斬り・中村半次郎に狙われたりといった物騒なことになる上に、一番の容疑者である「菊水」が、意識を失っている小此木の収容されている新発田藩邸に忍び込んで捕縛され、引き渡された薩摩藩邸で切腹してしまうとうアクシデントもおきてきます。

その中で、鹿野師光はある事実から、予想外の人物が真犯人であることを推理するのですが・・といった展開です。

雨と短銃 (ミステリ・フロンティア)
雨と短銃 (ミステリ・フロンティア)

レビュアーの一言

因循頑迷な「徳川幕府」を揺さぶった維新の英雄「坂本龍馬」と「西郷隆盛」は、明治維新好きの歴史ファンや、サラリーマンの方々の根強い人気をほこっているのですが、今回は、幕末最大級の政治的大事件の裏話ということで、けっこうダーティーな側面も見せているので、龍馬ファン、西郷ファンにはちょっと不満が残るかもしれんですね。

ただ、薩長・幕府それぞれの思惑が入り乱れた政情不穏な「幕末」の雰囲気が色濃く味わえるミステリーとなっているのは間違いないですよ。

【スポンサードリンク】

コメント

タイトルとURLをコピーしました