信州に隠された海人族の悲史が殺人を呼ぶ=高田崇史「QED 憂曇華の時」

東京都目黒区にある漢方薬局に勤務する薬剤師ながら、日本史の秘められた謎にめっぽう詳しい「桑原崇」が、同級生のフリーのジャーナリスト・小松崎の依頼で日本全国でおきる怪異な事件の謎解きに駆り出されながら、後輩の薬剤師・棚橋奈々とともに旅をし、各地の名所や神社・仏閣に隠されている秘史を明らかにしていくQEDシリーズの21冊目で本編完結後の長編1作目が本書『高田崇史「QED 憂曇華の時」(講談社ノベルス)』です。

構成と注目ポイント

構成は

プロローグ
安曇野
曇天の川波
晴曇の海図
曇摩の乱鴉
優曇華
エピローグ

となっていて、今回の舞台は長野県です。時系列的には、奈々の妹・沙織が嫁いだ先の金沢に桑原とともに訪れて事件に巻き込まれた後、というあたりなので、シリーズ第20巻の「~ortus~白山の頻闇」の直後ですかね。

今回、金沢で事件に巻き込まれたことで、旅行前の賭けに負けて、奈々の勤務するホワイト薬局のメンバーにお土産を買ってきた舌の根の乾かないうちに、山梨県石和へ鵜飼見物にいったことから事件に巻き込まれていきます。

事件の舞台は、長野県の安曇市穂高町。北アルプス近くにある自然豊かなところであるとともに、道祖神がたくさん祀られていたり、穂高神社の「御船祭」など古くから続く歴史を感じさせるところでありますね。

このお祭りの一カ月半ほど前、同じ穂高町にある天祖神社で、地元で評判の美人三姉妹が、何十年も続いている夏祭りの神楽のお囃子の練習をしているところでおきます。彼女たちはその練習を近くの公民館でやっていたのですが、一番の下の妹・麻里が練習時刻に遅刻して、汗を流しながらやってきたところで外を見ると、近くの草むらに血まみれになって尾と男性が倒れているのを発見します。そして、その男性は、公民館の窓ガラスに血で書いた「S」の字のダイイングメッセージを残していて・・という展開です。さらにこの男性は、両方のっ耳が刃物で削がれているという猟奇的な殺人です。

さて、この「S」の字の意味は、そして耳が削がれている理由は、といった線で警察の捜査が始まっていきます。当然のように「S」は名字か名前の頭文字では、といった感じで進められるのですが、この三姉妹の名前が「鈴本」であったり、地元で祭りの世話をしている人が「鷺沼」であったり、友人の名前も「さ行」で始まる人が多く、まったく手がかりになっていきませんね。

で、事件はその後、被害者の元恋人の女性が刺殺され、いまわの際の「黒鬼」と言い残したり、事件発生の頃、黒い顔をした人物が見かけられり、と怪事件の様相が連続していくのですが、ここで女性の恋人が自殺し、事件は一転して、つまらない「痴情のもつれ」として処理されそうになるのですが・・といった流れです。

一方、桑原崇と奈々のほうは、石和の鵜飼を見物した後、足を延ばして諏訪にある「先宮神社」や「手長神社」「足長神社」へと向かったことから、このシリーズおきまりのように事件の謎解きに巻き込まれていきます。

彼はここで、「安曇」と言う言葉や地元の祭りに、古代朝廷によって、九州の地をを追われ、この信濃の地に流れてきた、古代の海人である安曇続や隼人たちの苦難が封じ込まれていることを明らかにしていくのですが、これが、今回の連続殺人の真犯人の姿を明らかにし、そこに秘められた復讐劇を明らかにしていき・・といった展開です。

少しネタバレしておくと、今回は、安曇地方に伝わる坂上田村麻呂に退治されたといわれる「魏石鬼八面大王」の「八面」が九州の八女地方に通じるとか、鵜飼の元祖はもともと九州の隼人にあった、といった説が飛び出してくるのですが、これらが事件の「S字」や「黒い人物」の謎に結びついていくという驚きの展開です。

Bitly

レビュアーの一言

今巻でも、古代朝廷の悪辣さへのディスりが止まらない桑原崇なのですが、今回は隼人族を滅ぼし、自らの臣下として刑吏や、密偵などの使ったというあたりでそれが爆発しています。巻の中後半あたりに警察署内での関係者の取り調べのところで、日本各地の神社に伝わる傀儡舞が「隼人」の鎮魂祭であったとか、「三回回ってワンという」行動は、実は念をいれたあの世に霊魂を送る儀式だったといった奇説がいつものように披歴されるのですが、そこで

朝廷は、いつもその作戦を執ってきたじゃないか。『鬼を以って鬼と戦う』『夷をもって夷を制する』だ。特に早地たちは、実直な性格だったから、うまく利用されてしまったか。あるいはそうせざるを得ないような状況に追い込まれた・これも、いつもの彼らのやり口だ。

と痛罵していますね。ただ、今巻では征服された安曇族。隼人族の裏切りの家系出身の人物が事件に関与していることで一筋縄ではいかなくなっているようですね。

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