退職したベテラン刑事は、お遍路の旅中の推理で過去の事件の贖罪を果たす=柚月裕子「慈雨」

定年を迎えた刑事が、今までの刑事人生を清算するかのように、妻とともに四国のお遍路に出かけます。お遍路の途中で、退職前の職場の若い刑事から情報提供のあった幼女誘拐事件は、彼が在職時に犯人を検挙した事件と酷似したものでした。

その事件の真犯人は他にいたのではないか、お遍路の旅をしながら、遠隔で、過去の誘拐事件と現在の誘拐事件の謎解きをしていく刑事ミステリが本書『柚月裕子「慈雨」(集英社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

物語の主人公は、神馬智則という群馬県警を定年退職した元刑事で、彼は再就職前に、今まで念願だった四国のお遍路に、妻と共に出かけます。実は、彼は在職時にある誘拐事件の捜査に加わって、その犯人を検挙した功績をあげているのですが、逮捕後、犯行時刻にその犯人を別の場所で見かけたという情報を手に入れ、再調査をしょうとしたのですが、それによって犯人検挙の決め手となったDNA検査への信頼が揺るぐことを警戒した上層部によって握りつぶされた、という苦い経験を持っています。

このことは妻や部下にも黙っていて、今回の四国遍路は、その清算という意味を持っているようですね。

そんな思いを胸にける彼のところへ、かつての部下から、今回起きた幼女誘拐事件の情報がもたらされます。それは群馬県の尾原市に住む小学校一年生の女の子の行方が分からなくなり、その後、自宅から二キロほど離れた山中で発見された。というもので、有力な手がかりが見つからない中、ベテラン刑事の彼に捜査のヒントを求めてきたものなのですが、聞いたその誘拐事件の手口が、彼が冤罪事件をつくってしまったのでは、と悩んでいる過去の誘拐事件に酷似していて、という筋立てです。

なぜ十数年を経て同じような事件が起きたのか。果たして過去の誘拐事件と、同一犯人なのか、あるいは過去の事件の模倣犯なのか、お遍路中の神場を悩ませ始めます。

そして、お遍路中に出会った、過去に母親を殺し、服役後、逆順路でお遍路をしている男性の懺悔話から、神馬は真犯人が、誰にも不審がられずに身を隠していた方法に気づき、かつての部下にある依頼をします。それは、全国の刑務所の出所情報から、神馬が冤罪をつくってしまったのではと悩む過去の事件のすぐ後の収監され、今回の事件の前に赦免となった受刑者を見つけ出すというものです。

部下の緒方は神馬の同僚であった上司の鷲尾の協力を得て極秘捜査を始めるのですが、その結果、真犯人が見つかるということは、今まで培ってきた警察の捜査への信頼性を揺るがすとともに、安定した暮らしを送るはずであった彼の第二の人生と妻の信頼感をぶち壊すもので、という展開です。

 ほぼ二か月間に及ぶ長いお遍路の旅の中で、妻や殉職した上司の子供で、養子に迎えていた義理の娘との、在職時はすれ違っていた関係を修復するとともに、心の奥底に澱のようになって溜まっていた、過去の誘拐事件の被害者への慚愧の念を溶かしていく物語です。

レビュアーの一言

本巻は、主人公は妻と共に四国遍路の旅をしていて、その間の地域やお遍路仲間との出会いや自らの過去の懺悔と共に、現在起きている誘拐事件の謎解きがされていくという、変形版のアームチェアディテクティブものと言っていいでしょう。

ただ通常の謎解きミステリーと違うのは、主人公が42年間、典型的な刑事人生を送った典型的な昔風の「刑事」で、在職中のたったひとつの後悔を晴らしていく、贖罪を込めた謎解き物語、というところ、「慈雨」という作品名通り、最後にはしっとりとした読み心地が味わえます。

作者のミステリーは、最後のところで、何かしらの「救い」があることが多いのですが、本作も間違いなくその系統なので、不幸な結末のミステリーが苦手な方も安心して読むことができますよ。

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