最先端手術ロボットは神?悪魔?=柚月裕子「ミカエルの鼓動」

ロボット技術や3Dの映像化技術の進化によって、人間の目と手で、開腹・開胸して行われていた心臓などの高度な技術を要する手術の様相が大きく変わりつつある現代医術の世界で、手術支援ロボット「ミカエル」を使って心臓外科のトップランナーを目指す心臓外科医の葛藤と医療界の闇を描いた医療ミステリーが本書『柚月裕子「ミカエルの鼓動」(文芸春秋)』です。

あらすじと注目ポイント

物語は、北海道の高度医療の中核病院である北海道中央大学病院(北中大病院)で心臓外科医として勤めている、本篇の主人公・西條泰己が、国内の医療機器製造会社が開発した最先端の手術支援ロボット「ミカエル」を使って、心臓外科手術を施術している場面から始まります。

本話でいう「ミカエル」は、患者の体にいくつかの小さな切開部をつくり、そこから内視鏡やメスなどを入れ、3D技術によって再現される患者の体内映像を見ながら遠隔手術をするロボットシステムで、高度医療を提供する病院で導入が進みはじめている「ダヴィンチ」の国内生産された進化系といった位置づけです。

主人公の西條は、このロボット手術がまだ胡散臭いものと考えられていた頃から研究をしていて、現在ではこのロボット支援下手術の第一人者といわれるようになり、この北中大病院の中でも花形的な存在となっている40代の中堅医師ですね。彼はこの大学で出世していく野心ももっているのですが、あわせて、広大な北海道という環境下で、道内同一レベルの手術環境をつくりあげたい、という夢ももっている、という設定で、ロボット手術下での心臓外科手術の普及を進めています。

その彼の後ろ盾となっているのが、北中大病院の院長の「曾我部」と、経営戦略担当の病院長補佐・雨宮香澄で、二人は、ミカエルの普及による医療技術の向上という気持ちもあるのですが、メインはこのロボット支援下手術を病院の看板とすることによって、病院の名声を高ねていこうというのがメインですね。

まあ手術支援ロボットによる心臓外科手術という点から見ると合一しているので、西條と曽我部・雨宮とはこの時点では、共同で「ミカエル」の推進をしているわけなのですが、ある時、最先端の医療技術の第一人者ということでひっきりなしだった、西條へのマスコミや業界関係者の取材や面談を、曾我部が当面ストップするよう指示を出したあたりからキナ臭くなりはじめます。

さらに、実家の医院を継ぐために退職する外科医の後任として、院内の候補者を押しのけて、ドイツの病院で心臓外科医をしている「真木」という男性医師をスカウトしてきます。

この真木という医師は、ロボット下手術に好意をもっておらず、従来型の開胸による外科手術の信奉者で、入職してから、西條との術式を巡っての対立が巻き起こります。

この対立は、「白石航」という慢性の心臓病を患う少年の再手術の方針をめぐって頂点に達することとなり・・という展開です。

この一方で、西條のもとへは「黒沢」というフリーライターが接触してきて、「ミカエル」には致命的な欠陥があるという情報をもたらしてきます。この男の情報をもとに、広島の総合病院で「ミカエル」による手術を推進している布施という若手医師が、医療ミスで退職していることを知るのですが、彼が自殺前に遺したメモには「ミカエル」の不審な挙動が記録されています。

そして、白石少年の再手術をミカエルで行うこととなった西條は、真木を助手にして手術に臨むのですが・・といった展開です。

手術での行き詰る様子と、真木を助手にした西條の真意、そして、手術後の西條の重大な決断については原書のほうでどうぞ。

レビュアーの一言

もともと医学界、特に外科手術の世界は、いわゆる「職人技」の世界で、こうしたロボットの手術支援といった技術との親和性はあまりよくないのですが、まさに、職人技と異分野の科学技術が融和できるのか、といったことを真正面が問うてくるミステリーとなっています。ただ、医療界やメーカーの隠蔽体質が絡んだことで、この問題が違う方向へと進んでいってしまうことが暗示されていて、なんとも新技術による医療技術の進化、職人技の進化の側面からは残念な結末になっているような気がします。

「マシン」自体は、神でも、悪魔でもないと思いますし、段々と進化していく存在だと思うのですが・・。

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