五百年以上続いた中国の戦乱を、その冷徹な指導力と秦国の武力によって、始皇帝が統一してからおよそ十年後、万里の長城や亜房宮の建設による重税と国民の強制使役による疲弊、焚書坑儒や滅ぼされた六カ国の遺臣たちに不満によって、秦国が倒れていく中、一介の庶民の出身からスタートし、楚の豪傑・項羽と争って勝利し、秦の後を継いだ漢帝国を打ち立てた「劉邦」の活躍を描くシリーズ『高橋のぼる「劉邦ーRYUHO」(ビッグコミックス)』の第9弾と第10弾。
前巻で、楚の名門一族の「項梁」が、反秦勢力を集めて反秦連合軍を結成し、王族「心」を王として即位させた後、秦への反乱攻勢にでるのですが、章邯率いる秦の正規軍の反撃のもとに、落馬した劉邦をかばって項梁が戦死してしまいます。項梁の跡目を項羽が継ぐのですが、新しく即位した懐王によって、新たな命令がくだされることにより、劉邦と項羽の楚漢戦争の種がまかれることとなります。
あらすじと注目ポイント
第9巻 反秦連合軍は三派に分かれて関中を目指す。三番目の部隊の将は意外にも劉邦
第9巻の構成は
其之六十二 卓上卓識
其之六十三 死屍累々
其之六十四 協議結婚
其之六十五 氷之微笑
其之六十六 洞穴之熊
其之六十七 先代形見
其之六十八 秦軍生理
となっていて、項梁の戦死後、楚軍の根拠地である現在の江蘇省徐州市である「彭城」で、前巻の最後で項羽が出会った「虞姫」に劉邦・呂雉に有名料理店に招かれて紹介されるところから始まります。虞姫は項羽の正妻とされているものの、生い立ちや馴れ初めについては全くといいほど伝わっていない、謎の美女なのですが、今シリーズでは、項羽の唯我独尊を煽るとともに、彼の軍師的な存在として描かれていて、劉邦の妻・呂雉とは水と油ですね。
で、物語の本筋は、その後、本格的な秦攻撃を前にして、懐王が、秦の都・咸陽に一番乗りした将軍は関中王に任ずるという報奨を提示し、秦攻撃の部隊として、10万の兵の項羽軍、7万の兵の黥布軍、1万の兵の劉邦軍の三部隊を派遣する、と宣言します。
項梁が率いた反乱軍の主力であった項羽と黥布の任命は当然と思われていたのですが、わずか1万人の兵の将とはいえ、劉邦も任命されたのは皆の予想を裏切るところです。
この決定の陰には、劉邦を応援する懐王の気持ちもあるのですが、一番の黒幕は、項羽を主役の座から引きずり下ろし、楚国の実権を握ろうとしている、上将軍・宗義です。
彼は劉邦軍を真っ先に秦軍と戦わせ、露払いをさせた後を黥布軍に進撃させ、黥布を関中へ一番乗りさせ、項羽を出し抜こうという計画なのですが、これを知って怒る項羽に対し、虞姫は宗義を始末する秘策を項羽に授けるのですが、その内容は・・という筋立ててです。項羽を警戒して常に護衛を身近に配備している宗義を出し抜く虞姫の策略は、かなり悪賢いです。
宗義の悪巧みを打ち砕いた項羽は上将軍となり、二番隊の黥布と手を組んで、秦の章邯将軍と戦うため黄河を渡ります。常に真正面から敵をすり潰していく項羽のやり方が大局的にみるとあまり良い結果を生んでいないのですが、これは後世からみて思う「後知恵」なんでしょうね。
結果だけ見ると、項羽の速攻により、章邯の宿舎を急襲して捕虜にし、秦軍の投降を呼び込むのですが、この投降兵の扱いに下手を打ちますね。
一方、秦帝国の首都・咸陽を目指して進軍する劉邦軍は途中の「陳留」にさしかかっています。今の河南省開封市のあたりかと思われます。ここは陸路・水路の交差する要衝といわれるところで、秦軍の巨大食糧庫ともいわれているのですが、兵糧が乏しくなっている劉邦軍が兵力の損耗を少なくして、食糧を手に入れるには、本心を魅せない「氷の微笑」をもつ県令の林平を味方にするのが一番得策です。張良は、交渉をうまく進めるため、林平をけして怒らせるな、と劉邦に釘を指すのですが、劉邦はこの約束を破り・・という展開です。劉邦の「人たらし」の凄さが見えてくるところです。
第10巻 劉邦は項羽のもとを去った韓信を登用し、関中へ一番乗りを果たす
第10巻の構成は
其之六十九 傲岸不遜
其之七十 冤罪韓信
其之七十一 裏切兄弟
其之七十二 法律帝国
其之七十三 賭半両銭
其之七十四 美女之涙
其之七十五 鴻門之虎
となっていて、冒頭では、後に起きる「楚漢戦争」のキーマンとなり、「天下三分の計」で有名な「韓信」が項羽の残虐なやり方に愛想をつかして項羽軍を脱走するところから始まります。
項羽のもとを去った韓信は、沛県の豊邑の劉邦の屋敷を訪ね、呂雉に面会し、自分を登用するよう劉邦に推薦しろと直談判します。自尊心の塊のような韓信に対し、呂雉は推薦状がほしければ、自分の股の間をくぐれと挑発し・・という展開で、あの有名なエピソード「韓信の股くぐり」の別バージョンが描かれています。
そして、推薦状を得て、劉邦軍に潜り込んだ韓信なのですが、軍馬の世話係という下っ端役しかもらえないことに腹を立てて再び逃亡を企てるのですが、馬泥棒と間違えられて劉邦の前に引っ立てられます。そこで、韓信が進言した「函谷関」潜入のアイデアが意外にもうまく当たり、劉邦は兵を損なうことなく、関中へ入り込むことに成功します。そのまま秦の都・咸陽まで進軍し、咸陽は無血開城し・・という展開で、劉邦の笑いがとまらない、といった状況ですね。
しかし、義兄弟の契を結んでいることから、関中入りは先駆けせず、自らの到着を待っているに違いないと信じ込んでいた項羽は激怒し、劉邦を討つため軍団に総攻撃を命じ、自ら先頭にたって進撃してくるのですが・・という展開です。
レビュアーの一言
項羽は楚軍の軍師・范増の「捕虜に大事な食糧を消費されてしまう」や「後々の反乱の原因になる」という進言を入れて、章邯軍の投降兵20万人すべてを坑殺してしまいます。
范増ほどの軍師であれば、秦が中華統一を目指した時の、白起の趙兵40万人坑殺や桓騎の趙兵20万人皆殺しなど、趙の投降兵への仕打ちが後々の激しい恨みと抵抗を呼んだことを知らないはずはないと思うのですが、項羽の投降兵虐殺はこの20万人坑殺以外にも、以前の襄邑の戦いの時にもおきています。
「楚の王族をたてて反乱軍のシンボルにしろ」という項梁へ行ったアドバイス以外、范増には目立った軍略が記録されていないことを考えると、軍師としての才能のほうは疑問符がつくかもしれんですね。
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