劉邦は辺境の地「漢」への左遷から見事復活=高橋のぼる「劉邦ーRYUHO」11・12

五百年以上続いた中国の戦乱を、その冷徹な指導力と秦国の武力によって、始皇帝が統一してからおよそ十年後、万里の長城や亜房宮の建設による重税と国民の強制使役による疲弊、焚書坑儒や滅ぼされた六カ国の遺臣たちに不満によって、秦国が倒れていく中、一介の庶民の出身からスタートし、楚の豪傑・項羽と争って勝利し、秦の後を継いで漢帝国を打ち立てた「劉邦」の活躍を描くシリーズ『高橋のぼる「劉邦ーRYUHO」(ビッグコミックス)』の第11弾と第12弾。

前巻で、楚の懐王から「関中に一番乗りした者を関中王とする」という宣言を受けて、項羽+黥布の反秦連合軍の主力が、秦の正規軍・章邯軍との戦いに手間取る中、先駆けして関中に進軍した劉邦だったのですが、それを義兄弟の盟約違反だと怒り狂う項羽の追撃を受け、その弁明のための「鴻門の会」へと出向きます。

あらすじと注目ポイント

第11巻 劉邦を「鴻門の会」で命を拾い、辺境「漢」の地で再起を目指す

第11巻の構成は

其之七十六 負之将軍
其之七十七 青天霹靂
其之七十八 覇王漢王
其之七十九 虎擲龍拏
其之八十  心之贈品
其之八十一 章邯籠城
其之八十二 韓信将棋
其之八十三 張子之龍

となっていて、冒頭は怒り狂う項羽に対し、関中に先乗りしたのは「王」となろうとしたのではなく、あくまで項羽の露払いと、無理やりの言い訳を押し通して命を拾おうと試みる「鴻門の会」からスタートします。

張良の依頼でこの会見をもつことを段取りした項白以外、范増以下項羽陣営のメンバーは全員が劉邦処刑に傾いています。

一番の強硬派は実は「虞姫」で、彼女は本当は優しい項羽が劉邦助命に傾きそうになるのを無理やり処刑へと奮い立たせます。そして、会見であれこれとうまく言い繕われて、劉邦を処刑するのが失敗したと見るや、とっさに和解の宴席を設け、その場での暗殺を試みます。

史実では項羽の従弟「項荘」の行動を、このシリーズでは虞姫が演じているのですが、ここで劉邦の命を救った一番の功績者は、彼や彼の臣下たちの弁舌や行動ではなく、項羽の「慢心」ですね。

そして、劉邦の辞退によって王となった項羽は西楚・覇王と名乗り、秦の王族を皆殺しにし、財宝・美女を奪ったうえで宮殿を焼き尽くします。覇王というのは「キング・オブ・キングス」といった意味合いで、義帝として祭り上げられた懐王にかわり、中華の王となったわけですね。

王の中の「王」となった項羽による領土配分によって、劉邦は西方の僻地、現在の四川省や陝西省の山奥の国「漢」を封じられることになります。

そして、その漢の地へ咸陽から入るには、険しい山にかかる桟道伝いに行く道しかないのですが、劉邦は桟道を渡ったあと、焼き払ってしまいます。咸陽のある関中には漢からは攻め入らない、というアピールですね。もちろん、この裏には名将・韓信によるある策略が隠されているのですが、その詳細は原書のほうで。

この韓信の策を入れて、章邯を油断させた劉邦軍は義帝こと懐王が暗殺されたことを契機に、関中に攻め込み、項羽によって邪魔された「関中王」の就任、そして、各地で勃発する反乱軍の鎮圧に項羽軍が手間取っている隙を狙って、項羽の本拠地「彭城」へと攻撃の手を進めるのですが、同盟軍となるはずだった陳余軍の離脱や、空き巣狙いに以下った項羽の猛攻を呼び覚ますこととなって・・という展開です。

第12巻 項羽軍によって劉邦連合軍は瓦解、勢力を立て直すも、再び項羽の猛攻が続く

第12巻の構成は

其之八十四 棄甲曵兵
其之八十五 好運遺伝
其之八十六 仏恥義理
其之八十七 背水之陣
其之八十八 離間之計
其之八十九 完全包囲
其之九十  捨身飼龍
其之九十一 偽之猛虎

となっていて、56万の連合軍で「彭城」を手中におさめたものの、将兵による略奪や女性への乱暴で民心を失い、3万の精兵を率いて取って返した項羽によって連合軍は敗北。劉邦は命からがら故郷・沛へ向かって落ちのびていくこととなります。

項羽軍の猛将・季布の追撃を振り切って沛に着いたものの、劉邦の父親と妻の呂雉は既に項羽軍に連行された後で、劉邦は失意のまま漢へ帰還しようとするのですが、ここに届いたのが「紀信に黥布を口説かせて仲間に引き込め」という張良の奇策です。

直情径行の紀信と黥布だと喧嘩別れになりそうなのですが、そこは二人の性格をよく知る張良の勘が冴えて、ということで、項羽の片腕ともいえる九江王・黥布が劉邦の仲間に加わります。

黥布軍を加え、勢力を持ち直した劉邦軍は西魏を破り、その勢いで、彭城の大敗のきっかけとなった陳余の治める「趙」攻略へと向かいます。指揮をとるのは韓信と黥布で、ここで彼らのとった戦法が「背水の陣」ということなのですが、巷説言われる「背水の陣」とは少々作戦の狙いが異なるようです。

そして、巻の後半では、項羽の軍にフェイクを流し込んで、軍師の范増の失脚を狙う「離反の計」が仕込まれます。范増の失脚には成功するのですが、これが劉邦軍の仕業と知った項羽によって再び、劉邦の根拠地「滎陽」へ楚の大軍を招き寄せることとなってしまい・・という展開です。

レビュアーの一言

「彭城の戦い」での大敗後、沛へ向かって逃走する際、劉邦と劉邦の子供の盈と魯を乗せた馬車を、項羽軍の猛将・季布が執拗に追ってくるのですが、ここで起きたのが、馬車を軽くしてスピードを上げるため、二人の子供を馬車から三度も投げ捨てて、それを夏侯嬰が二度も拾い上げたというエピソードです。

劉邦愛に満ちたこのシリーズでは、かなり脚色してあって、子供たちが自ら飛び降りたことになっているのですが、この投げ捨てる行為は。当時の中国でもかなり異様なものであったに違いありません。

このエピソードには続きがあって、結局、項羽軍においつかれた劉邦は追いついてきた項羽軍の「丁固」を説得して見逃してもらうのですが、後に、劉邦が項羽に勝った後、丁固が劉邦の命を救ったことへの褒章を求めて名乗り出てくると、彼を項羽を裏切った「不忠者だ」と処刑してしまいます。

まあ、不忠者であることには違いないとは思うのですが、劉邦も劉邦だと思いませんか?

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