「和菓子のアン」は正社員になって、ほっこりと謎を解く=坂木司「アンと幸福」

都心のビジネス街近くにある総合デパート「東京デパート」の地下の食品売り場、通称「デパ地下」内にある和菓子店「みつ屋」でアルバイトとして働く、食べることが大好きで、体系的には少しふっくらしているけれど、その分ほっこりとした柔らかさをもった女の子「梅本杏子」人呼んで「アンちゃん」が日々の仕事と、店で出会うお客さんや上司・同僚にもまれて、ずんずんと成長していく和菓子ミステリーの第4弾が本書『坂木司「アンと幸福」(光文社)』です。

このシリーズは、アン高校を卒業して、みつ屋「東京デパート店」にアルバイトとしてはいった後の成長を「和菓子のアン」「アンと青春」「アンと愛情」と書き綴られてきたのですが、3巻目で、入社以来一緒だった椿店長が新しくできる銀座の旗艦店の店長に引き抜かれた後のアンの成長が描かれる3年ぶりのシリーズ最新巻です。

収録と注目ポイント

「アンと幸福」の収録は

「江戸と長崎」
「秋ふかし」
「掌の上」
「はしりとなごり」
「お菓子の神さま」
「湯気と幸福」

の6編。

第一話目の「江戸と長崎」では銀座店に異動した「椿店長」の後任が赴任してきます。椿店長は女性で「みつ屋」の生え抜きであったのですが、今回は男性で、いくつかの転職を経たあと「みつ屋」にやってきたという経歴の、かなり大柄な人です。その登場の仕方も少し風変わりで、出勤初日、大きな荷物を抱えてくるのですが、中身は椅子とテーブル。これを「みつ屋」の空きスペースに設置してさっそく店の雰囲気を変えていきます。ところが、これが、店の古参店員である「立花」さんの気に障り、と店内にいくつかの波紋をもたらしていきます。

それは「アンちゃん」も例外ではなく、彼女が客の少ない昼下がり、馴染みの老婦人客と会話している時、アンちゃんがそのお客さんに、練り切りの中に小さな里芋を角切りにしたものを入れた「芋の子」を勧めていると、突然割り込んできて、同じ練りきりでもさらっとした風味の「重陽」が自分のおススメだと押し込んできます。アンちゃんと馴染みの老婦人客は、その様子にちょっとムッとして・・という筋立てです。

部下がおススメしている商品を押しのけて、「みつ屋」グループの重点販売品でもない、自分の「おススメ」を出してくる新店長の意図はどこに・・といった展開ですね。

最初、アンちゃんへ正職員になるよう勧めたり、店に来た小さな女の子に丁寧に対応する様子に好感が持てるのですが、意外に腹黒なやつか・・といった感覚が芽生えたところで種明かしがされていきます。

第二話の「秋ふかし」では季節が秋に移っています。みつ屋「東京デパート店」の今月のおすすめも「三種のきんとん」に替わり秋の雰囲気満載になっているのですが、そんな折、店を一人の老婦人客が訪れます。彼女は、店のお菓子が都会らしく洒落ていることをことをほめて商品をいくつか買い求めるのですが、遠くに住んでいるので、足に速い「きんとん」は買えないと残念そうです。そして、「このトーマスも(買えなくて残念)」と謎の言葉を残して帰っていきます。

そして、数日後、再び店を訪れた彼女は、店の横に置かれた椅子席で食べることもできると、アンちゃんに教えられて喜び、この前断念した今月のおすすめのお菓子である「きんとん」を選び始めます。そして、彼女の注文はきんとんのうち「からいもんの味」ということで・・という展開です。

「きんとん」の「からいもん」とは??といった筋立てなのですが、ここは、最近、市民大学のオープン講座を受講していて、食物の歴史を学んだ「アンちゃん」が大活躍します。

第三話目の「掌の上」は、最近流行の「てづくりお菓子」がテーマです。「みつ屋」でも、三角棒だけを使って、「練り切り」で花の蕾を模した生菓子をつくるセットを売り出したのですが、これに、職場の「お茶会」で出すお菓子に悩んでいた年輩の会社員がくいつきます。

彼の職場では、資格試験の勉強を始めた女子社員を元気づけるために毎週末、簡単なお茶会を催すことになったそうなのですが、一回目に出席者の一人の女子社員が手作りクッキーをもってきて好評だったことから、この男性も何か手作りっぽい感じでお菓子を出したくなったらしく、「みつ屋」の商品をタッパーにいれてくれないか、と無理な注文をもちかけてきます。

さすがにその依頼は断り、なるべく包装しないラッピングで提供したのですが、それが好評だったらしく、男性は、今度は手作りキットを使って、お菓子に金箔をのせるとかのアレンジを提供したいとアイデアを持ち込んできます。

しかし、男性の話から、お菓子を持ち帰った女子社員もかなりあったことがわかり、アンちゃんは男性の「大きな誤解」に気づくこととなり・・という展開です。

このほか、高齢者でつくっている俳句の結社で気に入られようとする、俳句を始めたばかりの今風の大学生二人をアンちゃんがアシストする「はしりとなごり」、アンちゃんが正社員となって、以前一緒に仕事をしていた椿店長に誘われて「お菓子の神社」をお参りする「お菓子の神さま」「湯気と幸福」など、今回も、お菓子にまつわり「ほっこり」ミステリーが満載です。

レビュアーの一言

第1巻から第3巻まで一緒に働いていた椿店長が転勤した後、新しくやってきた藤代店長もいい人で、と、このシリーズにでてくるキャストは、最初は悪人面をしていても、実は相手のことを深く思いやっている好人物であることがわかる、という登場人物ばかりで、最近の殺伐としたミステリーとはかけ離れたところにあるのが持ち味ですね。

このため、おおがかりな陰謀や、眼を覆うような殺人事件もおきない「コージー・ミステリー」の典型で、第一巻の頃とは違い、爆発的な人気が出るのは望み薄かもしれないですが、時折、開いてほっこりしたくなるようなお話ばかりです。心が寒くてどうしようもない時の特効薬としておススメですよ。

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