デビュー前の「江戸川乱歩」が古本屋の傍ら謎を解く=柳川一「三人書房」

推理小説家としてまだデビュー前で、弟二人と共同で、東京・本郷区駒込団子坂で古本屋を営んでいた江戸川乱歩=平井太郎を主人公に、彼の身の回りに起きたり、彼の推理力を期待して持ち込まれる怪事件の謎解きの数々が、彼を取り巻く人物たちから語られる歴史ミステリーが本書『柳川一「三人書房」(東京創元社)』です。

収録と注目ポイント

収録は

「三人書房」
「北の詩人からの手紙」
「謎の娘師」
「秘仏堂幻影」
「光太郎の<首>」

の五篇。

物語は、戦前にあった東京都東京市の本郷区。今の文京区の東側ですね。この区内の駒込団子坂にある古本屋を兄弟三人と営んでいる平井太郎、後に日本が誇る推理小説家となる「江戸川乱歩」を主人公にしいぇ、彼の周辺の人物、戦前の親友「井上勝喜」、乱歩の弟の「通」「敏男」、乱歩のデビュー前からの熱烈なファンの「青山梅」、そして、乱歩と親しかったとされる「宮沢賢治」「宮武外骨」「横山大観」「高村光太郎」といった人物の口を通して、乱歩(平井太郎)の周辺でおきる怪事件の謎解きが語られるという、ミステリー作家の謎解きミステリーです。

第一話目の「三人書房」の語り手は、戦前の大正の半ば頃、「三人書房」の二階に居候していた作家志望の「井上勝喜」です。彼は「鳥羽造船所」時代からの友人で、大正9年頃、推理小説のネタを出し合ったり、共同で推理小説誌の出版を計画したりしています。戦争中に郷里の高知に帰郷した、という情報と戦後、乱歩が推理小説を発表するよう促しにやってきたのですが断った、という断片情報はあるのですが、これ以上のことは不明ですね。

で、今回の事件は、大正8年に「世紀の心中事件」として有名だった、人気劇作家・島村抱月のスペイン風邪による突然の病死のあとを追って、人気女優・松井須磨子が縊死したという事件に絡んで、須磨子の遺書が発見されるのですが、そこには彼女の自殺が抱月の後追い自殺ではなくて、ほかの男性との恋愛関係を隠すために自殺することが書かれていて・・、という筋立てです。

現在では、そんなに重大なことと思えないのですが、物語中では信じられないスキャンダルとして描かれています。とりわけ、乱歩のファンだった青山梅の友人で、須磨子の熱烈ファンの女子学生・三崎葉子にとっては食事もとれずやつれてしまうほどのショックで・・という展開です。

葉子に好意を寄せている井上はこの遺書が本物かどうか調べ始めるのですが、真相は・・という展開です。

少しネタバレしておくと、探偵役であるはずの「乱歩(平井太郎」」が実はトリック・スターであるという「禁じ手」ですね。

二話目の「北の詩人からの手紙」の事件は、東洲斎写楽の肉筆浮世絵の贋作事件の謎解きです。

この頃、今まで未発見だった東洲斎写楽の肉筆浮世絵が数点発見され、東京の「花月亭」という料亭でオークションが開かれることになるのですが、このオークションはかつて何人かの金持ちに自作の浮世絵を有名浮世絵師の作品だと売りつけて大金をせしめ「希代の浮世絵贋作者」と呼ばれた人物が名前を偽って主催したものだとわかります。さらに、その浮世絵の鑑定には、当時浮世絵界の第一人者と言われていた人物も関わっている疑惑もでてきて・・という筋立てです。

この話では、妹・トシの看病のために上京していた宮沢賢治が登場します。話の途中で、宮沢は妹の療養のために岩手に帰郷するのですが、その後、彼から届いた手紙には、この事件の真相は自らの書いた「グスコードブリの伝記」と同じだ、と記されていたのですが・・と展開していきます。

このほか、浅草の大力自慢の娘芸人と金持ちの蔵から財物を盗み出していく怪盗の謎が明かされる「謎の娘師」、本所にあった「円泉寺」という寺にあった「秘仏」と葛飾北斎の娘・お栄との関係が語られる「秘仏堂幻影」、高村光太郎の制作した「首」シリーズといわれるブロンズ像の連続盗難事件に伊藤博文に心酔する富豪が関わってくる「光太郎の<首>」などが収録されています。

レビュアーの一言

この作品は、江戸川乱歩が「二銭銅貨」で作家デビューした1923年から百年目の年を記念して、創元社から刊行されたもので、収録されている物語の中も、デビュー前やデビュー直後のまだ、有名でなかったころの乱歩(平井太郎)の日常が随所に描かれているのですが、それが乱歩の随想「探偵小説四十年」と絶妙に符合させてある、という凝ったつくりになっています。

「探偵小説四十年」は、かつては沖積社から出された500部限定の復刻本しかなかったようですが、現在はありがたいことに光文社文庫の「江戸川乱歩全集」に収録されていて、2023.12月現在、Kindle Unlimitedの対象となっています。

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