石田三成の家康の野望を挫く戦術の数々を見よ=今村翔吾「八本目の槍」

織田信長が本能寺で斃れた後、日本を統一した豊臣秀吉の死後、豊臣家から政権を奪った徳川家康に対抗し、豊臣家を守ろうと奮闘したのが本編の実質的な主人公・石田三成なのですが、その怜悧さのゆえか人気のほうはあまり芳しくありません。

その不人気な「石田三成」と、彼と若い頃から同じ釜の飯を食った「賤ヶ岳の七本槍」との関わりを通じて、「豊臣vs徳川」の戦の姿を描くのが本書『今村翔吾「八本目の槍」(新潮文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

一本槍 虎之助は何を見る
二本槍 腰抜け助右衛門
三本槍 惚れてこそ甚内
四本槍 助作は夢を見ぬ
五本槍 蟻の中の孫六
六本槍 権平は笑っているか
七本槍 槍を捜す市松

となっていて、豊臣秀吉の小姓出身で、三成と若い頃一緒に過ごしていた「賤ヶ岳の七本槍」の加藤清正(虎之助)、福島正則(市松)、加藤嘉明(孫六)、平野長泰(権平)、脇坂安治(甚内)、糟屋武則(助右衛門)、片桐且元(助作)がそれぞれの話の主人公となるのですが、彼らと「石田三成」との関わりが焦点となります。

第一話の「虎之助は何を見る」のメインキャストは「加藤清正」です。彼は軍事的な才能に恵まれた名将として知られているのですが、もともとは吏僚としての成功を目指していたのですが、三成によって都から遠い「肥後」へ所領を与えられ、「唐入り」のときには二番備えの大将として派遣されることとなります。まあ、抜擢には違いないのですが、肥後も難治の地と知られるところですし、朝鮮の戦役ではかなりの苦勞をすることとなります。
そこで、清正は自分でも意識していなかった「軍事」の才能に気づくのですが、それとあわせて、同輩の小西行長が戦後、咸鏡南道の領地を望んでいるという話をききつけます。どうやら小西の動きと、「唐入り」にあたって米が高騰した陰に、石田三成の動きがあることを知るのですが、その理由は・・という筋立てです。

第二話は「弭槍」の名手といわれた糟屋武則の物語です。彼は播磨の小豪族だったのですが、織田勢の「播磨攻め」によって、兵糧攻めで「飢え殺し」とも言われた「三木城攻め」の攻防に巻き込まれていくこととなります。
三木城には、彼が尊敬していた従兄弟が立て籠もっていて、捨て身で抵抗してくる三木勢とともに従兄弟を討ち果たしてくこととなります。

そして、その記憶が賤ヶ岳の戦いに従軍している中で蘇り、「賤ヶ岳の七本槍」として顕彰されたものの、それ以後、戦に出ることができなくなり、という展開です。
このため、賤ヶ岳の功績で得た三千石から加増されていなかった糟屋なのですが、三成の計らいで朝鮮の役の後、一万二千石まで加増されます。

その後、石田三成が徳川家康と対峙した「関ヶ原の戦」で、糟屋武則は三成に加勢して西軍に属して戦うのですが、彼の思いとは・・という筋立てです。

第三話の「惚れてこそ甚内」は、「いい女」に出会うことが人生の目的と広言する脇坂安治(甚内)が主人公です。彼はもともと近江の浅井家の家臣だったのですが、彼が女性にこだわるのは、浅井長政の妻で、戦国一の美女といわれた「お市の方」への憧れがあるようです。

「お市の方」に匹敵する美女にあうことを願っている甚内は、安土城建築のための「石運び」の役目についていたときに、丹羽家の足軽が女性を乱暴しようとしているのを制止して諍いになります。このため罰として、明智光秀が攻めている「丹波攻め」の加勢として派遣されることになるのですが、そこで諜報活動をしている際に、敵方の「丹波の赤鬼」「悪右衛門」と異名をとる赤井直正の家臣の「吉見則重」の娘と名乗る「八重」という女性と知り合いになります。

彼女によると、吉見家は赤井勢から離反し、織田勢につくことを画策しているということで、甚内は彼女とともにその企みにのって、赤井直正率いる丹波の国衆勢の切り崩しを図っていくのですが、実は「八重」にはもっと深い企みと秘密を隠していて・・という展開です。

脇坂安治は関ヶ原で小早川隆景と呼応して西軍から東軍へ寝返り、それが西軍敗北の大きな要因となったということで評判はあまり良くない人物なのですが、その裏切りの原因を、この「丹波攻め」での八重、後に豊臣秀頼の乳母となった大蔵卿局とのエピソードで解き明かしています。

ちなみに、この脇坂家の旗印の「貂の皮」は、丹波攻めの敵将・赤井直正から贈られたものという伝承があるのですが、司馬遼太郎さんの「貂の皮」という短編にそのあたりが描かれていますので興味のある方は探してみてくださいな。

このほか、福島正則(市松)、加藤嘉明(孫六)、平野長泰(権平)、片桐且元(助作)のエピソードとともに、石田三成が豊臣家を徳川家康の魔手から守ろうと、細密でスケールの大きな戦略を描いて抵抗する様子や、負けると予測しながら関ヶ原の戦を起こさざるを得なかった理由が明らかになっていきます。

八本目の槍(新潮文庫)
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レビュアーの一言

2023年のNHKの大河ドラマは、松本潤さん主演の「どうする家康」で、豊臣家から政権を簒奪するあたりまで描かれるかどうかわからないのですが、すくなくとも本書では、最近の「平和を実現するため豊臣をこころならずも滅ぼした」家康ではなく、秀吉生存中から策謀をめぐらしていた「ダーク」な家康像になっています。
これに対して三成のほうは、自らの武略は冴えないものの、「理」による戦術を使って、「武」だけではなく、「米と金」という経済の武器を使って、家康の野望をくじこうとした「正義の士」といった風情で描かれています。
「家康ファン」には残念かもしれませんが、新しい「三成」像を見せてくれる魅力的な一冊です。

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