人間はそんなに「自由な意思」で動いてはいない ー 中野信子「脳内麻薬」

近代を経て現代を生きる我々によって、自由な意思決定ができることや、行動の自由があることは、民主主義の基礎みたいに思っているのだが、本当のその行動が「自由意志」に基づくのか、そんなところをグラグラと揺さぶってくれるのが本書『中野信子「脳内麻薬 ー 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体」(幻冬舎新書)』である。
 

【構成は】

 
第1章 快感の脳内回路
第2章 脳内麻薬と薬物依存
第3章 そのほかの依存症
第4章 社会的報酬
 
となっていて、目次もみてわかるように、脳内物質と我々の行動との関係を解き明かくれているのだが、こんな風に「脳科学」が我々のところに降りてきてくれたのは、池谷裕二さんの「進化しすぎた脳」をはじめとした「脳」シリーズ以来ではなかろうか。
 
 

【注目ポイント】

 
なんといっても、中野信子先生の魅力は、その容姿もさることながら、遠慮深くみえる丁寧な語り口で、すっぱりと斬る、といったところで、例えばそれは、「セックス依存症」や「恋愛依存症」が脳の報酬系と密接に関係していることを取り上げながら
 
結果としてセックスとそれに関連した活動から来る時間や人力の浪費は、おそらく人類の、いわゆるまっとうな生産活動をかなり低下させていることでしょう。
子孫を残す行動に結びつかない、文字通りの非生産的な、快楽を得るためだけのセックス依存症にかかっているのは、実は、人類という種そのものだといえるのかもしれません
 
と言い放ったり、「報酬としてお金を得た時」と「褒められた時)の脳の状況を比較して、どちらも同じ脳の部位(線条体)であることから
 
「社会的報酬」とは言葉の上の遊びではなく、脳にとってはまさしく「報酬」そのものであることを示しています。
それだけではなく、社会的報酬と金銭的・生理的報酬が脳の同じ部分で評価されているという事実は、これらが交換可能であることを示します。
非常に単純化してしまうと「お金」で「友情」や「愛情」が買えるということです。
逆に、「愛情」を「お金」に換えることもできます。
 
といったあたりには、「うわっ、そこまで言いますか〜」という感じである。
 
さらには、
 
無慈悲で自己本位的な行動をとる人ほど、AVPRlA遺伝子の長さがより短く、バソプレシンの効果をあまり感じられない脳であることがわかったのです。
また、性別によっては特に差は見られませんでした。
さらに、同じ遺伝子に逆の特徴を持つ(より長い)人は、そうでない人に比べて約1・5倍、他者に金銭や物品を分け与える傾向が強いということがわかっています。
(略)
この実験により、それまでは親の育て方や環境で決まると考えられてきた性格傾向が、実は遺伝的な要素に左右されている可能性がある、ということがわかったのです。
 
といったあたりになると、人間性の差というやつは、「遺伝子情報」の違いにすぎんのですか・・・、とちょっと悲しくなりますな。もっとも、なにか事件がある時に、親の育て方が・・・といった風な批判が相次いで個人批判のようなことになるのだが、遺伝的な影響ということが周知されれば親への無慈悲な批判も、もっと冷静な対応になるのかもしれんですね。
 
ただし、
 
利他行動も社会的報酬を得ようとする行動であり、金銭的報酬を求める経済行動と同じ土俵で考えることができるという立場です。
他者からの良い評判という社会的報酬と金銭的報酬は、共に報酬系の「線条体」を活性化させます。こうして異なる種類の報酬を比較検討し、どういう行動をとるか決定するときに使われるのは、報酬系から与えてくれる快感なのです。
(略)
社会的報酬は、個体として生き延びることだけに快感を覚えるよりも、種として生き延びることを優先した生物の、生きるための知恵だったのです。
 
といったあたりには、「利己主義から利他主義」という、人間の思想や行動の「高邁さ」へのステップアップを勧める思想へ冷水を浴びせるようなもので、学校の生活指導の先生あたりからは糾弾されてしまう恐れがありますね。
 

【まとめ】

 
「脳科学」の本というのは、我々が「道徳」とか「理想」を語る時の、どうもそわそわとお尻が落ち着かない理由がどこにあるのか、教えてくれるような気がする。
それは、「理想」の根っこに実は物理的、生理的なものがあるんだから、そんなに崇めて喋るもんじゃないんだよ、という斜に構えたリアリズムで、声高に「理念」が語られる時代にあっては、こうしたことを懐に忍ばせておく必要があるな、と最近の声高の憲法改正論を見て思うところなんである。
 
なにはともあれ、我々の様々な行動が、脳内物質とか「物質的」なところに影響されているっていうのは、ちょっと被虐的な面白さがある。政治家の語る「理想論」に嘘くささを感じたら、本書を読んで羅針盤を点検してもよいかもしれないですね。

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