陶芸の世界に隠れていた親子の闇が事件を引き起こす ー 一色さゆり「骨董探偵 馬酔木泉の事件ファイル」(宝島社文庫)

デビュー作『「神の値段」(宝島社文庫)』で、インクアートの巨匠に関係する絵画ビジネスをとりあげた筆者が、今回取り上げるのは、「焼き物」「陶芸」の世界。

前作は、姿を見せない墨を使ったインクアートの画家の初期作に関連した殺人事件で舞台は、その作家の作品を扱うギャラリーであったり、香港のオークション会場であったりと、きらびやかでありつつも、多額の金銭の動く現代アートの世界であったのだが、本作は、京都の 代続く「窯元」を舞台にして、今は失なわれた技術である「天目曜変」の茶碗に絡んだミステリーで、今回はかなり伝統芸術の色が濃い。

【あらすじと注目ポイント】

登場人物は、OLから陶芸家の卵に転身した「早瀬町子」と言う女性が主人公。彼女は高校時代の体験から陶芸に憧れるが、父親の反対で美大のデザイン科に進学。大学卒業後、普通の会社で勤務していたが、渡辺夏希という女性陶芸家に出会い、陶芸熱が復活し、夏希の師匠の西村世外に弟子入りしたという設定。なので、窯元でも新米で職住の保障はされているが住み込みの丁稚奉公という状態。

ホームズ役をするのは、この「町子」ではなくて、京北美術大学で教鞭をとる「馬酔木泉」という人物。彼は電気工学の修士課程を出て、そこで開発した特許が高値で買い取られたという経歴をもちつつ、美術研究も道に転身したという人物で、理系も文系も軽く飛び越える人物を謎解き役にもってくるとは、分野は違えども、ジャック・フットレルの「思考機械」であるな、とミステリ古典を思い出してみる。

章立てはされていないのだが、おおまかな事件は

①町子が師匠とする、西村世外が近くの山の中で殺される。抵抗の後なく、鈍器で撲殺されたもので、近くには、世外と発見者で世外の次男の西村久作の足跡しかない状況で捜査が始まる。

②世外が久作を疎んじていたことから、彼が犯人と疑われるが、彼は工房で一酸化炭素中毒で死んでいるところが見つかる。直前に、世外を撲殺した道具が工房にあった手轆轤で、工房の鍵を持っているのは世外と久作しかいないと警察に詰問され、犯行がばれると思い自殺したのでは、と警察は言うのだが・・

といったもの。 ネタバレ的にいうと、真犯人は「久作」ではないのだが、話の展開の中で、世外が、今は技術が失われたと言われる「曜変天目」らしい陶器の再現に成功したらしいところとか、その天目茶碗が、「星辰教」の金集めに使われているところとか、さらには世外の妻の静江がその星辰教の関係者と若い頃から関わっているらしいとか、いったところは新興宗教絡みの殺人はと思わせるし、町子の兄弟子の源田は、若い頃の事件で陶芸界を追われたのを世外が拾ったのだが、彼はいつまで経っても日陰暮らしを強いられている、といったあたりは弟子の手柄を横取りした師匠への恨みとかを思わせる。 まあ、様々な枝分かれ道がでてくるので、そのあたりは原書で正道を突き当てるもよし、横道に入り込んでしまうもよし、たっぷりたのしんでくださいな。

さらに、今回も「美術」系のミステリーということで、あちこちに「陶芸」にかかるウンチクが散りばめされていて、例えば、本書で頻出する「曜変天目」も中国では「不吉」と称され

人力でできるようなものではないからこそ、中国では不吉の兆しとして恐れられ、チンキとして生まれた端から壊されてしまったとも伝えられている。だから奇跡的に日本に渡ってきたものしか残されていないんだ

とかは、陶器を通して中国と日本の「自然と人為」の価値の違いを感じさせるし

轆轤の回転には時計回りと反時計回りの二種類があって、瀬戸焼や美濃焼といった陶芸産地では、上から見て時計回りの轆轤が使われる。一方、九州の一部の産地では、反時計回りが用いられている。そして教チオでは、時計回りでつくって、削るときは反時計回りというケースが多い

といったところは、こういう世界に疎い当方のような素人は、この辺を覚えておけば飲み会でドヤ顔できるかもな、と思う次第である。

【レビュアーから一言】

陶芸にまつわるミステリーと言えば、北森鴻の「宇佐美陶子」シリーズとかが思い浮かぶのだが、それとは違う、作者の側から描いたミステリーといおうことで、味わいは全く違う。 馬酔木泉の推理は切れ味が良すぎて、時折、イラッとくるかもしれないが、名探偵なことは間違いない。そして、夢が壊れた「早瀬町子」がこれからどう成長していくのか、楽しみな一冊ではあります。作者の気持ちさえ動けば、ぜひシリーズ化を期待したいキャラたちでありますね。

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