江戸の火消の代表格となった「新庄藩大名火消し」の活躍を描くシリーズ「羽州ぼろ鳶組」のエピソード0にあたる。
「羽州ぼろ鳶組」シリーズの登場人物は、新庄藩大名火消しの頭取・松永源吾、加賀藩大名火消しの大頭・大音勘九郎、八重洲河岸定火消の頭取・進藤内記、町火消に組の辰一などなど、ユニークな火消たちが続出なのだが、その源吾や勘九郎の父親、松永重内、大音謙八や、町火消い組の金五郎やに組みの卯の助など、彼らの前の世代から源吾たちの世代へ引き継がれる物語が描かれるのが今巻『今村翔吾「黄金雛 羽州ぼろ鳶組 零」(祥伝社文庫)』である。
【構成と注目ポイント】
構成は
第一章 炎聖
第二章 死の煙
第三章 ならず者たちの詩
第四章 親子鳶
第五章 火消の乱
第六章 鉄鯢(てつけい)と呼ばれた男
となっていて、まずは宝暦三年に起きた火事に、尾張藩火消頭・伊神甚兵衛が、愛馬「赤曜」に跨って出動するところからスタート。この三年前の宝暦元年に、羽州ぼろ鳶組と因縁の対立をする「徳川治済」が生まれていますね。
この尾張藩火消の頭・「鳳」の甚兵衛は、「炎聖」と異名をとる名火消しで、徳川吉宗に対抗して積極経済政策をとる、徳川宗春の命令で、尾張藩火消しを江戸で一、二を争う火消組まで成長させたのだが、吉宗によって宗春が蟄居・隠居させられた後は、その余波とかかる経費が藩財政を圧迫するため、藩内で厄介者あつかいされている、といった状況です。
この段階では、火消しの予算などは削減されていないのですが、これは削減してしまうと、江戸の防火力が落ちる、という幕府の勝手な思惑もあるようですね。
そして、第一章で、尾張藩内で伊神甚兵衛の火消組を快く思わない、「幕府派」と、尾張藩の声望を落としたい幕閣、火消しに対して反感をもっている火事場見廻役が結託して、尾張藩火消を壊滅状態に陥れます。ここはかなり悪どいやり方なので、原書を読んで、力いっぱい憤慨してください。
物語は、この尾張藩火消の悲劇が起きた三年後に飛んで、シリーズの主人公松永源吾は飯田町定火消の一員となっています。、彼は生意気ながらも力のある若手火消しになっているのですが、実の父親は母親の死に目にも立ち会わないくせに、消し口を加賀藩に譲って後方支援にまわるような「不甲斐ない火消」だと思っているという設定です。
話が動き出すのは、妻恋町の武家屋敷の火災から。この屋敷は、火事場見廻の屋敷で、そういった役目の家から日を出すという不始末の上に、燃えさかるその屋敷と、延焼した隣屋敷に取り残された者を救出するために、屋敷内に入った火消したちも煙を浴びるとバタバタと倒れるという、「怪奇な」火事ですね。加賀藩の頭・大音謙八は屋敷内に入ったままの配下の加賀鳶を見捨てざるを得ないという苦渋の決断を強いられます。ここは、こうした危険な場面に直面したリーダーの苦悩と決断の重さがでていますね。
そして、この毒煙の火事は「火付けでは?」と疑われる中、尾張藩御用達の「糸真屋」がこの火事の犠牲となことで、この火付けが、三年前の「尾張藩火消全滅」の事件の真相に関連しているのでは、といった風に展開していきます。さて、火付けの犯人は、そして毒煙の正体は、さらに、この火付け犯の正体に気付いた幕閣たちが仕掛ける罠をかいくぐって、江戸の火消したちは犯人を捕まえ、火事を鎮火させることができるのか・・・といったところで、ここから先は原書のほうでお楽しみください。
【レビュアーから一言】
今巻の読みどころは、煙を吸うだけで意識を失ってしまう毒煙の正体といった火事の謎解きもあるのですが、もうひとつは、火消しのベテラン爺世代から若い松永源吾・大音勘九郎世代へのバトンタッチの物語というところ。実の息子の源吾から侮られている飯田町定火消し・松永重内なのですが、加賀藩火消しの頭・大音謙八をはじめベテラン火消したちからは評価されているという存在です。その訳は「鉄鯢(てつけい)」すなわち鉄のさんしょううおというかわら版の例えにあらわれているのですが、さて・・、というところですね。
うちのお父さんは冴えないから、と思っている娘さんは、この物語を読むと、ちょっと見る目がかわるかもしれんです。
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